ちゃんの看病 『クオレ 愛の学校』より ― 2022年03月21日
ちゃんの看病(二月の話) デ・アミーチス作、前田晃訳
雨のふっている三月のある朝、いなかものらしいふうをしたひとりの少年が、どろまみれにぐっしょりとぬれて、わきの下にきもののつつみをかかえながら、ナポリの慈善病院の門番のところへいって、一通の手紙をみせながら、父親のことをたずねました。少年は色のあさぐろい、たまご形(がた)の顔で、考えぶかそうな目に、厚いくちびるがいつもなかば開いて、まっしろな歯をみせていました。少年はナポリの近村(きんそん)からきたのでした。父親というのは、去年、仕事をさがしにフランスにいっていたのが、イタリアへ帰ってきて、数日まえナポリに上陸したのでしたが、そこで、にわかに病気にかかったものですから、やっとのひまに簡単な手紙を書いて、帰ったことと、そして病院にはいったこととを家族のものに知らせたのでした。おかみさんは、その知らせを見るとがっかりしましたが、じぶんは、病気の子どももあるし、それにちのみごもあって、家をあけることができなかったものですから、総領(そうりょう)むすこにいくらかの金をもたせて父親を――みんなが「ちゃん」と呼んでいた父親を、看病にナポリへよこしたので、少年は十マイルの道を歩いてきたのでした。
門番(もんばん)は、その手紙をちょっと見てから、ひとりの看護人(かんごにん)を呼んで、少年をその父親のところへつれていくようにと言いました。
「おとうさんは、なんというね?」と、看護人がききました。
少年は、もしや悪い知らせを聞きはしないかと、恐ろしさにふるえながら、その名を言いました。
看護人は、そういう名まえを思い出しませんでした。
「年(とし)よりの出(で)かせぎ人(にん)かね、外国から帰って来た?」と、看護人がききました。
「そうだよ、出かせぎ人だよ。」と少年は、ますます不安になりながら答えました。「そんなに年よりではないんだが。そうだよ、外国から帰って来ただよ。」
「いつ入院したのだね?」と、看護人がききました。
少年は手紙を見て、「五日(いつか)まえだと思いますだよ。」
看護人はしばらく考えていましたが、ふと思い出したように、「ああ!」と言いました。「じゃ、第四号室のいちばん向うのベッドだ。」
「えろう悪いかね? どんなだね?」と、少年は心配そうにききました。
看護人は少年をながめていて、答えはしませんでした。が、やがて言いました。――
「わたしについておいで。」
ふたりは、はしご段をふたつのぼって、長い廊下のはずれまで歩いていきました。そして、大きなへやの、開いたドアの前まできますと、そのなかにベッドが二列にならんでいました。
「おいで」と、看護人はくりかえしながら、なかへはいりました。
少年は勇気をふるいおこして、そのあとからついていきながら、おどおどした目を右に左にむけて、青ざめた、やせこけた顔をしている病人たちを見まわしました。なかには目をふさいで、死人(しにん)のように見えたものもあれば、またびっくりでもしたように、大きく見開いた目をあげて、じっと空間を見つめているものもありました。子どものようにうなっているものもありました。大きなへやはうすぐらく、あたりにははげしい薬のにおいがただよっていました。看護婦がふたり、手に薬びんをもって歩きまわっていました。その大きなへやのはしまでいくと、看護人はひとつのベッドの頭のほうに立ちどまって、カーテンをわけて、そして、「これがきみのおとうさんだよ」と、言いました。
少年は涙をはらはらとこぼしました。そして包みを下におくと、頭を病人の肩のところへさげて、いっぽうの手で、ふとんの上におかれたまま動かずにいる腕をつかみました。病人は動きませんでした。
少年は身を起こして、父親のほうを見ました。と、また悲しくなって、わっと泣き出しました。そのとき、病人はしげしげと少年を見つめて、いくらかわかったように見えましたが、しかし、くちびるは動きませんでした。ほんとうに、なんということでしょう、こうもかわればかわるものか! これが父親であろうとは、とても思われませんでした。髪の毛は白くなり、ひげはのび、顔ははれあがって、どんよりと赤く、皮膚は張りきって、てかてか光っています。目は小さく、くちびるはひどく厚くなって、すっかり顔つきがかわっていました。ただ、ひたいと弓形(ゆみがた)をしたまゆとのほかには、どこといって父親らしいところはありませんでした。息をつくのもやっとのようでした。
「ちゃんや、ちゃんや!」と、少年は言いました。「おらだよ。わからねえかや? チチロだよ。チチロがいなかから出てきただよ。おっかあが、よこしただよ。よく見ねえな、おらを。わからねえかや? 何とかひとこと言ってくれろや。」
けれども、病人は一心(いっしん)に少年を見つめたあとで、目をとじました。
「ちゃんや! ちゃんや! いったいどうしただや? おらあおめえのむすこだよ――おめえのむすこのチチロだよ。」
病人は身動きもしないで、苦しそうに息をつづけていました。
そこで、少年は、なおも泣きながら、いすを引き寄(よ)せて、腰(こし)をおろして待っていました。目は父親の顔から離さないで。
「いまにお医者さまが見に来てくださろう。」と、少年は考えました。「そうすれば、なんとかようすもわかるだろう。」
そして少年は悲しい思いに沈んで、やさしい父親のことをいろいろと考え出していました。去年、見送っていって、船の上で最後の別れを告げたことや、家族の者がその旅に楽(たの)しい希望をかけていたことや、手紙のついたときに母親がどんなにか力を落したことや。と、少年は死ということを考えました。父親が死んで、母親が黒い喪服(もふく)をつけて、家族の者が悲嘆(ひたん)にくれているありさまが目に浮かんできました。少年はそのまま長いあいだ、じっとしていました。と、かるい手が、ふと肩にさわったので、びっくりしてとびあがりました。それは看護婦(かんごふ)でありました。
「いったい、おらのおとっつぁんはどうしただね?」と、少年はすぐにききました。
「このかた、あなたのおとうさんですか?」と、看護婦はやさしく言いました。
「そうだよ。おらのおとっつぁんだで、おら来ただが、どう悪いだかね?」
「心配しないでいらっしゃい。」と看護婦は答えました。「先生がいまじきにおいでになりますからね。」
そして、看護婦は、ほかには何も言わずにいってしまいました。
半時間ばかりたつと、ベルの鳴る音がきこえました。見ると、医者がへやのむこうのはしのほうにひとりの助手をつれてはいってきました。さっきの看護婦とひとりの看護人とがついていました。その人たちは診察(しんさつ)をはじめて、ひとつひとつのベッドのそばに立ちどまりました。待っているそのあいだが、少年には非常に長く思われました。そしてその心配は、医者が一歩一歩(いっぽいっぽ)近づくにつれてましてきました。
とうとう、その人たちはとなりのベッドまできました。医者は高い背(せ)のすこしかがんだ、まじめな顔をした老人でした。その人がまだとなりのベッドを離れないまえに少年は立ちあがりました。そして、その人がそばにくると、わっと泣きだしました。
医者は少年を見ました。
「これはこの患者のむすこさんです。」と、看護婦は言いました。「きょう、いなかから来たのでございます。」
医者は手を少年の肩にかけました。それから病人の上にかがんで、脈(みゃく)を見たり、ひたいにさわって見たりして、そして、ふたこと、みこと、看護婦にたずねました。
「べつにかわりはございません。」と、看護婦は答えました。
すると、医者はちょっと考えてから言いました。――
「今までどおりの手当(てあて)をつづけなさい。」
そのとき、少年は勇気をふるいおこして、涙声(なみだごえ)でたずねました。――
「いったい、おらのおとっつぁんは、どうしただね?」
「心配しないでおいで。」と、医者は、手をもう一度、少年の肩にかけながら答えました。「丹毒(たんどく)が顔に出たのじゃ。だいぶ悪いけれど、まだ望みがある。気をつけておやり。おまえがいればきっとよかろうから。」
「けんど、おらってことがわからねえだ?」と、少年は苦しそうな声でさけびました。
「いまにわかるだろう――あしたにでもなったら。どうかしてよくしたいものじゃ、力を落(おと)さずにいなさいね。」
少年はもっと何かききたかったが、言えませんでした。医者はいってしまいました。そこで、少年は看病にかかりました。が、ほかに何といってすることもできませんでしたから、病人のふとんをなおしたり、ときどきその手にさわってみたり、ハエを追ったり、うなるたびごとにかがんでみたり、そして、看護婦が何か飲み物をもってくると、コップなりさじなりをその手からとって、看護婦にかわって、それを飲ませたりしました。病人はときどき少年のほうを見ましたが、わかったようなようすはしませんでした。でも、一度ごとに少年を見つめる時間が長くなって、ことに少年がハンケチを目にあてているときには、じっと見つめていました。
こうして第一日はすぎました。夜になると、少年はへやのすみに、いすを二つならべてその上で眠りました。そして朝になるとまた看病をはじめました。その日の病人の目つきがいくらかわかりかけでもしたように見えました。少年のいたわるような声のひびきを聞くと、感謝するような色が、そのひとみにちょっとのあいだ浮かぶように見えました。そして一度なんか、なにごとか言おうとでもするように、すこしくちびるを動かしました。ちょいちょいと眠ったあとでは、目を開いたときに、その小さな看護人をさがすように見えました。医者は二度きてみて、いくらか見なおしたように思うと言いました。夕方、コップを病人の口もとにつけたときに、少年はそのはれあがったくちびるの上に、ごくかすかな微笑(びしょう)が浮かんだのを見たような気がしました。そこで、少年はじぶんでじぶんを慰(なぐさ)めて望みをかけはじめました。すくなくともいくらかわかるだろうと思うと、いろいろのことを――母親のことや、妹たちのことや、父親の帰りを待っていたことやを――それからそれへとながながと話しかけて、そして、あたたかな愛情のこもったことばで、しっかりするようにと病人をはげましました。そして、いくどかわからないのかと疑(うたが)ってもみましたが、でも、やはり話しつづけました。というのは、たとえわからなかったとしても、病人が、なんだかうれしそうに、じぶんの話す声に――情愛(じょうあい)と悲しみとの妙(みょう)にまじりあったしみじみとしたその調子に、じっと耳をかたむけているように見えたからです。そして、こういうふうで、二日(ふつか)めも、三日(みっか)めも、四日(よっか)めもすぎました。すこしよくなるかと思えば、思いがけなくまた悪くなったりしながら。で、少年はその心づかいに、いっしょうけんめいになっていましたから、一日に二度、看護婦がもって来てくれたすこしばかりのパンとチーズをもほとんどたべず、またじぶんのまわりに起こったことをも、――患者が死んだり、夜、にわかに看護婦たちがかけあがって来たり、見舞いに来た人たちがうめいて、がっかりしたようすをしたりしたことをも、――それがほかのときであったら、気もてんとうして驚(おどろ)きあわてたであろうと思うような、そういう病院のなかの悲しい痛(いた)ましい光景をも、ほとんど見ずにいました。時がたち、日がすぎましたが、少年はなおもその父親といっしょにそこにいました。父親のちょっとしたため息にも、ちょっとした目つきにもふるえながら、気をつけ、気をもんで、心を安(やす)めるような希望と、胸(むね)を凍(こお)らせるような失望(しつぼう)とのあいだで、たえず、はらはらしていました。
五日(いつか)めに病人は、にわかに悪くなりました。医者は、たずねられると、まったくだめだといわんばかりに、頭を振(ふ)りました。少年はいすの上にぐったりと身を落してすすり泣きました。が、ただひとつ少年をなぐさめることがありました。それは容体(ようだい)が悪くなったにもかかわらず、病人がしだいにすこしずつ物がわかりかけるように見えたことです。病人はだんだんしっかりした目を少年の上にすえて、そして、うれしそうな色を顔に浮かべながら、飲み物や薬を少年の手からでなければ飲まないようになりました。そしてまた、何かことばを出そうとでもしているように、いくどもいくども、むりにくちびるを動かそうとしました。ときにはそれをいかにもはっきりとしましたので、少年はにわかの希望で力づけられながら、いきなり病人の腕(うで)をつかんで、ほとんど喜(よろこ)ばしそうな調子で言いました。「ちゃんや、しっかりするんだよ。しっかりするんだよ。じきによくなるで、ここから出ていけるで。おっかあのとこへけえっていけるで。しっかりするだよ、もうすこしのあいだだで!」
その日の午後の四時ごろでした。ちょうど少年がそういうはかない希望に身をゆだねておりましたとき、そのへやのじきそばのドアの外に足音が聞こえて、やがて――「さようなら、看護婦さん!」――という、ただふたこと発(はっ)したつよい声がきこえました。
と、少年は思わずはっととびあがりました。のどまで出かけたさけびをじっとおさえながら。と、そのとき、一方(いっぽう)の手に厚くほうたいをしたひとりの男が、ひとりの看護婦に送られながら、そのへやへはいって来ました。
少年は鋭(するど)いさけびをあげて、その場(ば)に立ちすくみました。
男は見まわしてひと目(め)少年を見ると、こんどはかれがさけびました。
「チチロ!」
男はそう言って、矢のように少年のほうへとんで来ました。
少年は父親の腕のなかに倒れましたが、胸がせまって、息もつけずにいました。
看護婦、看護人、助手がかけよってきました。そして、あきれてそこに立ちました。
少年はまだ声を出すことができませんでした。
「おお、チチロ!」と、父親は、じっと病人のほうを見つめたあとで、いくども少年をせっぷんしてからさけびました。「チチロ、これ、いったいこれはどうしたのだや? おまえは別の人のところへつれていかれたのだな。おれはまた、おっかあから、『チチロをやりました。』って手紙がきたきり、おまえがこねえもんだから、どんなにがっかりしていたか知れやしねえ。これチチロ! いく日おまえはここにいたのだや? どうしてこんなまちげえが起こったのだや? おれはなんでもなくなったぞ! これこのとおり、すっかり丈夫(じょうぶ)になったぞ! それでおっかあはどうしてる? そいからコンチェッテラは? そいから赤んぼうは――みんなどうしてる? おれはいま退院するところだで。さあ、いこう、まあ、ふんとうに! 思いがけねえこともあったもんだ!」
少年はふたこと、みこと、ことばをはさんで、家族のようすを語(かた)ろうとしました。
「おお、ふんとうにおらはうれしい!」と、少年はやっと言いました。「ふんとうにおらはうれしい! 恐ろしい日をいく日かおらはすごしただ!」
そして少年は、父親にせっぷんするのをやめることができませんでした。
が、少年は動きませんでした。
「さ、いこうや」と、父親は言いました。「晩(ばん)には家へいけるで。」
そして、少年をじぶんのほうへ引っぱりました。少年はふり返って病人のほうを見ました。
「これ、いくのか、いかねえのか?」と、父親はあきれて、うながしました。
少年はなおまた病人のほうをながめました。病人はそのとき目をあいて、じっと少年を見つめました。すると、少年の魂(たましい)のそこから、どっとことばがほとばしり出ました。
「いんや、ちゃん。待ってくんろ――ここに――おら、いけねえだ。ここにあのじいやんがいらあ。おら、ここに五日(いつか)の間(あいだ)いただ。じいやんはいつでもおらを見てらあ。おら、あの人がちゃんだと思っていただ。おら、あの人をだいじにしただ。あの人はおらを見てらあ。おら、あの人に飲ませてやるだ。いつでもおらがそばにいねえといけねえだ。あの人ひどくいま悪いだもん。かんにんしてくんろ。おら、とても思いきれねえだ――なぜだか知んねえが――ひどくかわいそうなんだ。おら、あした家へけえるで、もすこし、ここにいさしてくんろや。おら、どうしてもあの人をすてて行っちゃいけねえだ。ほれ、あんねえに、おらを見ているだ! おら、あの人、だれだかしんねえが、おらがいねえと、あの人ひとりで死んでいくだ。どうかここにいさしてくんろや、なァ、ちゃん!」
「感心な子だなあ!」と、助手がさけびました。
父親は当惑(とうわく)しながら、じっと少年を見つめていましたが、やがてまた病人のほうを見ました。
「だれですか、あの人?」と、父親はたずねました。
「あなたと同じように、いなかのかたですがね。」と、助手が答えました。「やはり外国から帰ったばかりで、ちょうど、あなたが入院したと同じ日に入院したんです。ここへつれて来たときはもうすっかりわけがわからなくなって、口もきけなかったのですよ。たぶん遠いところに家族があるんでしょう、むすこたちも。どうやらあなたのむすこさんを、じぶんのひとりのむすこだと思っているらしいんですよ。」
病人はやはりじっと少年のほうを見ていました。
父親は、チチロに言いました。
「じゃ、のこっていな。」
「もういくらもいなくてもいいでしょうよ。」と、助手が小声(こごえ)で言いました。
「のこっていな。」と、父親はまた言いました。「おまえは親切(しんせつ)だ。おれはこれからじき家へけえって、おっかあを安心させてやるだ。じゃあここに一スクード[訳註:約五リラの銀貨]だけおいていくで、こづけえにしねえな。さようなら。じきまたあえるでなあ。」
父親は少年を抱(いだ)いて、じっとながめてから、額(ひたい)にまたせっぷんして、そして出ていきました。
少年は、ベッドのそばのもとの場所に帰りました。と、病人はほっとしたように見えました。で、チチロはまた看病をはじめました。もう泣きはしませんでしたが、その熱心(ねっしん)と、そのしんぼうづよさとは、以前とすこしもかわりはしませんでした。チチロはまた病人に飲み物を飲ませたり、ふとんをなおしたり、手をさすったり、やさしく話しかけたり、しっかりするようにとはげましたりしました。その日も、その晩もずっとつきそっていました。そのつぎの日も一日ずっとそばにいました。しかし病人はますます悪くなるばかりでした。顔は紫色(むらさきいろ)になり、呼吸(こきゅう)はいよいよ困難(こんなん)になり、気はむやみにたかぶって、わけのわからぬことをうめいたり、熱(ねつ)もひどくなりました。夕方の回診(かいしん)のときに、医者は、今夜は、とてももち越(こ)すまいと言いました。そこで、チチロはいよいよ世話(せわ)をよく見て、ちょっとの間(ま)も、目を病人から離しませんでした。病人はしげしげと少年を見つめながら、ときどき、むりにくちびるを動かして、何か物を言いたげにしました。ときどき、非常にやさしい色がその目に浮かぶこともありましたが、それもしだいに小さく、しだいに暗くなっていきました。で、その晩、少年は夜(よ)どおしそばについて、とうとう暁(あかつき)の最初の光が窓から白くさしこんでくるまで見まもっていましたが、そのとき、看護婦が出てきました。看護婦はベッドに近づいて、ひと目(め)病人を見ると、すぐさま、くびすを返していそぎ足で去りました。間(ま)もなく、看護婦は助手の医者と、角燈(かくとう)をもったひとりの看護婦と三人してまた出てきました。
「いよいよ臨終(りんじゅう)だ。」と、医者は言いました。
少年は病人の手を握(にぎ)りました。病人は目を開いて、少年をじっと見て、そしてまた目を閉じました。
そのとき、少年は病人がじぶんの手を握りしめたような気がしました。
「おらの手を握った!」と少年はさけびました。
医者は病人の上に、しばらくのあいだうつむいていましたが、やがて身をまっすぐに立てました。看護婦が十字架像(じゅうじかぞう)を壁からはずしました。
「死んじまった!」と、少年はさけびました。
「さ、お帰り。」と、医者が言いました。「おまえの看病はすんだ。帰って、しあわせにお暮(く)らし、ほんとうに感心な子だ。神さまがおまえを守ってくださるだろう。さようなら!」
と、ちょっとわきのほうへ行っていた看護婦が、小さなスミレの花束(はなたば)を窓台(まどだい)の上のコップの中からとって来ました。そして、それを少年に渡しながら言いました。――
「ほかに何もあげるものがありません。これを病院の記念に持(も)っていらっしゃい。」
「ありがとう」と、少年は言って、一方(いっぽう)の手で花束をうけとりながら、一方の手で目をふきましたが、「けんど、おら、遠い道を歩いて行かなきゃなんねえだで――しぼんじまうだ。」
そう言ってスミレを分けると、それをベッドの上に散(ち)らしながら言いました。「おら、記念にこの死んだ人に残(のこ)していくだ。看護婦さん、ありがとう! お医者さん、ありがとう!」
そこで、死人(しにん)のほうへむいて「さようなら――」と言って、名をなんと呼ぼうかと思っているうち、五日(いつか)のあいだ呼びなれていた名がしぜんと口にのぼってきました。
「さようなら、ちゃんや!」
そう言って、少年はその小さな着物の包みをわきの下にかかえました。そして、ぐったりと疲れきって、のろのろと出ていきました。夜はあけかけていました。
デ・アミーチス(Edmondo De Amicis、1846年-1908年)『クオレ(Cuore)』(1886年)より。
「アルプスの少女ハイジ」→「アニメ世界名作劇場」→「母をたずねて三千里」→「クオレ」その他諸々からの連想。この枠で個人的に観ていたのは『ムーミン』と『アンデルセン物語』のみだが。
『クオレ』全体が子供向け文学全集に入っていた。無論抄訳だが。そこにあった「毎月のお話」の一篇。「母をたずねて三千里」も「今月のお話」の一篇だが、これだけ圧倒的に長い。他の話が手許の最新版(2007年)では10頁前後に比して50頁近くある。道中記である事が一因だろう。
父親のことを「ちゃん」と呼ぶことをこの話で知った。「『母ちゃん』を何と呼ぶんだろう」とは思ったが。長じてTV『子連れ狼』を観た時、この話を思い出した。
『クオレ』作者の言葉 ― 2022年03月21日
作者の言葉
この本は、とくに、九歳から十三歳までの小学校の生徒たちにささげたものでありまして、つぎのような題をつけてもよろしいでしょう。
『イタリアの町立小学校の四年生のひとりが書いた、一学年間の物語』
もっとも、四年生のひとりが書いたとはいいましても、その生徒がここに印刷してあるとおりを、全部書いたというわけではありません。その子は、学校の中や外で、見たり、聞いたり、考えたりしたことを、できるだけありのままに、すこしずつ、一さつの帳面に書きつけておいたのです。するとその子のお父さんが、学年の終りに、その子の書きつけておいたものをもとにして、息子の考えを変えないように、そしてまた、息子の言葉をできるだけもとのままにしておくように注意しながら、この本にまとめあげたのです。
それから四年たったとき、息子はもう中学校にはいっていましたので、その原稿をもういちど読みかえしてみて、人びとや物事についてまだよくおぼえている思い出の中から、あれこれと、さらにまたいくつかの事を書き加えました。
さあ、みなさん、この本を読んでください。わたくしは、みなさんがこの本を喜んでくださればいいと望んでおります。またこの本が、みなさんのためになればいいと願っております。
エドモンド・デ・アミーチス
・訳者註。
原文では三年生となっているが、イタリアでは、一年生が下級と上級とに分れていて、二年間勉強しなければならないので、三年生といっても日本流にいえば四年生にあたる。そこで、原文の一年下級を一年、一年上級を二年、二年を三年、三年を四年というふうに、それぞれ訳しかえておいた。
前掲「ちゃんの看病」は前田晃訳(1955年岩波)、こちらは矢崎源九郎訳(1957年角川)。
ちょっと目先を変えただけである……五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ)かも知れないが。