第七十九段2022年03月06日

『相棒』で思い出した。

『相棒 season5』第10話「名探偵登場」。
ニール・サイモン(Neil Simon、1927年-2018年)脚本の映画『Murder by Death』(1976年)では無い。その映画でピーター・フォーク演ずる「私立探偵サム・ダイアモンド」とは全く無関係とも言えないが。

プレ・シーズンの2時間物から現在に至るまで、最も好きなエピソードの一つである。

この回には、「チャンドラー探偵社」という私立探偵社が登場する。尤も社員は、所長兼秘書(兼小使いさん?)の「矢木明」一人である。因みに西日暮里界隈では「マーロウ矢木」で通っているそうだ。但し、戸越銀座では「サム・スペード・矢木」らしい(ここで前記映画と多少関係がある……と言える……かも)。
書棚にロバート・B・パーカーやポケミスが並んでいるのは判るにしても、ポプラ社版南洋一郎訳『怪盗ルパン全集』や偕成社文庫、青い鳥文庫まであるのは、プロの探偵として些かどうかと思う。リンドグレーン(Astrid Lindgren、1907年-2002年)の『名探偵カッレくん』まである。
場合に依っては「ドブ浚い」の仕事まで引受けるらしい。亀山薫の台詞にもあるが、「私立探偵」と言うより「街のなんでも屋さん」と言った感じである(さりながら、その「ペット捜し」のスキルが事件解決に役立つ事になる)。
ここまでで明らかなように、うだつの上がらぬ迷探偵といった感じだが、意外になかなかの切れ者である事が判明する。

・この回で最も好きな台詞。

亀山 薫「『チルチルミチル』かよ、もう」
杉下右京「『ヘンゼルとグレーテル』です」

西遊記 12022年03月06日

試しにやってみる。

  一 美猴王(びこうおう)の誕生

昔むかし世界は、東勝神州(とうしょうしんしゅう)、西牛賀州(せいぎゅうがしゅう)、南贍部州(なんせんぶしゅう)、北鉅蘆州(ほくごろしゅう)の四大州(しだいしゅう)にわかれていたという。さて、そのうちのひとつ、東勝神州の海のかなたに、傲来国(ごうらいこく)という国があり、そのまた大海中に花果山(かかざん)とよぶ、名高い島山があった。山のいただきには高さ三丈六尺五寸、周囲二丈四尺という、ひとつのふしぎな石がそびえ、あたりには一本のかげさす木さえなかった。ある日のこと、そのふしぎな石は破裂して、けまりぐらいの石の卵をうんだ。それが雨風にさらされて、ひとつの石ザルとなり、目鼻も手足もそろってくると、たちまち、はったり歩いたりしはじめた。
そのサルは山の中で、とんだりはねたりできるようになると、草木をたべ、谷川の水をのみ、山の花をつんだり、木の実をとったりして、いろいろのけものとも友だちとなり、夜は岩がけのしたに宿り、ひるは峰の洞(ほら)にあそびなどして、まことにのんきに、月日のたつのも知らずに暮らしていた。
ある、焼けつくような暑い日、大ぜいのサルといっしょに、松かげで暑さをさけてあそんでいたが、やがてそれにもあきて、谷川へ水浴びにゆき、谷の清水がこんこんと泡だち流れているようすをみると、サルたちは声をそろえていった。
「いったいこの水は、どこから流れてくるんだろう。おれたちはきょうはひとつ、谷川をさかのぼって、水源(みなもと)をさぐってみようじゃないか。」
そしてワァッとさけぶと、大ザルも小ザルも、雄(お)ザルも雌(め)ザルもどっとばかりにかけだして、われがちにと山をよじ登り、たちまち水上へとゆきつくと、そこにはなんと、ひとつの滝がかかっていた。サルたちは手をうって、
「やあ、すごいぞ! こんな滝にお目にかかったのははじめてだ!」と、感嘆していると、そのなかの一ぴきが、
「だれかとびこんでいって、底を見とどけてくるような、えらいやつはいないかなあ。そうすりゃ、おれたちは、王さまにするんだがなあ。」
こう三(み)たびつづけてよぶと、たちまち一群(いちぐん)のなかから、れいの石ザルが、
「おう!」と答えて、おどり出してさけんだ。「おれがいこう、おれがいこう!」

勇ましくもかれは、目をつぶり、身をかがめて、ざんぶと滝つぼの中へおどりこんだ。ふとかれが目をひらき、頭をもたげてみると、そこにはなんと水も波もなく、くっきりとひとつの橋がかかっている。おちついてよく見ると、それは鉄の橋で、橋の下を水が、岩のあいだをつらぬいてほとばしり、さらに逆流してしぶきをあげ、橋からの出口をふさいでいるだけであった。
かれが橋の上に立って、こてをかざしてながめると、むこうに、まるで人の住みかのような、とてもよさそうな場所がみえる。はじめはへっぴりごしで進み、ようやく橋をわたってうかがうと、正面にひとつの建石(たていし)があり、その面(おもて)には大きな字で、「花果山福地(かかざんふくち)、水簾洞洞天(すいれんどうどうてん)」と彫りつけてあった。石ザルは大よろこびで、これだけさぐるとひき返して、また目をつぶり身をかがめて、水のそとへおどりだして、大にこにこでいった。
「やあ、諸君! しめたぞ、しめたぞ!」
「なかはどんなだったい? 水は深かったかい?」と、大ぜいのサルどもは口々にいう。
「なあに、水などはありはしない。ただひとつの鉄の橋があるだけで、そのむこうは、天然自然にできた住みかになっているんだ。」
「なんだ、なんだ、住みかだって?」
「つまりこの水は、橋の下をくぐって逆流し、しぶきをあげて入口をふさいでいるだけなんだ。橋のむこうは、木もあれば花もあり、いわば石の洞を利用した、けっこうな仙人の住まいで、中には石でできた鍋や、かまなどや、わんや、鉢や、寝台、腰かけまでそなわっていて、まったくおれたちの、もってこいの身のおちつけ場所だよ。それになかはひろくて、千人以上も住まえるくらいだ。おれたちはみんなでそこへいって、いつまでも暮らそうじゃないか。」
大ぜいのサルどもは、小おどりしていった。
「まず、きみがさきに立って、案内してくれたまえ。」
石ザルはそこで、またもや目をつぶり、おどりこんで、
「みんな、おれにつづいて、こい、こい!」
すると、二,三びきの大胆なものが、まずおどりこみ、臆病ものはもじもじしていたが、やがてぜんぶがとびこんでいった。そして橋をかけ渡ると、てんでにかまどや寝どこをとりあい、鉢やわんをうばいあって、あっちへはこび、こっちへうつつぃ、まさにあさましいサルの根性をさらけだしていたが、やっとへとへとにつかれはてて、しぜんにしずまった。とこのとき、石ザルはかたちをただして、上座(じょうざ)にすわり、
「諸君! 人間でも約束をまもらないものは、とりえがない、といっているが、さて諸君はさっき、ここを往復して、手傷ひとつおわないほどの腕まえのある者は、王にしようといったが、ぼくはたった今、とびこんだり出たり、また出たりとびこんだりして、諸君に安心して住まえる、こんなけっこうな住みかをあたえたんだから、ぼくを王としてもいいだろうね。」
大ぜいのサルはこれをきくと、即座におそれいって、年かさの順にならんで礼拝(らいはい)し、いっせいに、
「ばんざい、ばんざあい! 大王さま!」とよばわった。これより石ザルは王位にのぼって、「石」の字をとって、「美猴王」(訳者註:猴はサルの意味)と称し、もろもろのサルどもをしたがえ、家来どもにも役目をわけ、ひるは花果山にあそび、夜は水簾洞にねむって、王者としてのたのしい生活を送っていた。
こうして美猴王は、いつのまにか四、五百年を送ったが、ある日家来のサルどもと、ゆかいな酒もりのさいちゅう、ふと、ぽたりと涙をおとした。サルどもはびっくりして、一同頭をさげてたずねた。
「大王さまは、なにごとに心を痛めておられますか。」
「わしはな、こうしてたのしんでいるときでも、ふと将来のことが気にかかり、きゅうに悲しくなるんだよ。」
すると、大ぜいのサルはわらって、
「大王さま、われわれは毎日ゆかいに、こんな仙人の洞のようなけっこうなところで暮らし、人間どもや他の霊獣(れいじゅう)にも支配をうけず、自由にふるまっていられるなんて、こんなしあわせなことはございません。どうして将来のことなど考えて、くよくよしていられるんですか。」
「されば、こんにちはなにものの威光にも、おそれないでいられるが、やがては血気おとろえて、いったん命をうしなうと、かならず生きかわり死にかわりして、いつになってもとうとい神仙(しんせん)にはなれないものじゃ。わしはあすにもおまえたちに別れをつげて、地のはて海のすみまでもさまようて、きっと不老長生(ふろうちょうせい)の術(じゅつ)をまなんでこようと思うが、どうじゃ。」
これをきくと、一同は手をうって感心して、
「それはおめでたい! ではわれわれはあした、峰々(みねみね)をかけまわって、いろいろなくだものをあつめてまいり、大王さまをお送りする、大壮行会(だいそうこうかい)をひらきましょう。」
つぎの日には、サルどもはてんでに、めずらしいくだもの、薬草、花などをとってきて、石の食卓、石の腰かけをはらい、お酒やたべものを山ともって、美猴王を上座にすえ、じぶんたちは下座(げざ)にならんで、かわるがわるあるいは花、あるいは酒、あるいはくだものなどをささげたりして、一日中じゅうぶんにたのしみ暮らした。そのつぎの日の朝、美猴王はさっそく出発することにして、
「わしのために枯れ松を折って、いかだをあみ、竹をきって水馴(みなれ)ざおをつくり、木(こ)の実を少々あつめてくれ。」と命じた。こうしてひろちでいかだにのり、力まかせにこぎながら、波のまにまに大海へとのりだした。
かれがいかだでのりだしてからは、連日(れんじつ)東南の順風(じゅんぷう)がふきつづけたので、いつとはなく南贍部洲の西北岸へふきつけられた。かれは浅瀬へいかだをすてて、岸へおどりあがった。と見ると、人々がしきりに漁(りょう)をしている。かれがうまいことを思いつき、トラのまねをしてとびだすと、人々はびっくりして、ワッとかごや網まですてて、ちりぢりに逃げ去った。逃げおくれたひとりをとらえて、衣類をはぎ、見よう見まねで、それを身につけ、かれはなにくわぬ顔で人里に入り、またそこで人の作法やことばをならい、ただ一心に長生不老の術をえようと、神仙をたずねてまわったのだった。
かれが仙道(せんどう)をもとめて、南贍部洲をさまよっているあいだに、はや八、九年はたった。そしていつしか西洋大海の岸辺まできていた。かれは、――海のかなたには、かならず神仙がいますであろうと思ったので、またもやいかだをくんで、西牛賀州におしわたった。岸にのぼってしばらくいくと、まえに美しい高山がそびえ、ふもとにはこんもりと木がしげって、いかにも仙人が住みそうに、清らかに見える。やがてひとつの洞府(どうふ)[訳者註:ほらずまい]のまえに出たが、洞門(どうもん)はぴったりとしまり、ひっそりかんとして、たえて人影(ひとかげ)はない。ふと横をみると、岩のうえに建石が立っている。高さ三丈余(さんじょうよ)、はば八尺(はっしゃく)ばかり、「霊台方寸山(れいだいほうすんざん)、 斜月三星洞(しゃげつさんせいどう)」の十字がほってあった。
美猴王は、うれしさのあまり、しばらくは門をたたくこともわすれて、キャッキャッとはしゃぎ、ひさしぶりで松の木にかけのぼったりして、ひまをつぶしていると、かすかな物音とともに洞門がひらいて、なかからひとりの童(わらべ)がでてきた。仙童(せんどう)というのであろう、すがた顏立ちのすぐれて上品なことは、世のつねの子どものようではない。
童は外の様子をうかがうと、大声でよばわった。
「どなたさまですが、そこでさわいでいらっしゃるのは。」
美猴王は、ドサッと木からどびおり、かしこまっていった。
「わたくしは修業をつみ、仙術(せんじゅつ)をまなぼうとしているものです。ここでさわいでいるわけではございません。」
童はうなずいて、
「わが師(し)は、さきほど講壇(こうだん)にのぼって教えを説(と)かれようとするまえに、わたくしに、出ていって門をあけるようにお命(めい)じになり、『そとには修行者(しゅぎょうじゃ)がきているから、もてなしてやれ』といわれましたが、では、あなただったのですね。」
「さよう、さよう。まさにわたくしです。」
大にこにこでこういい、美猴王は身なりをととのえ、童にしたがって洞(どう)の奥にすすみ入ってみると、師の菩提祖師(ぼだいそし)は、台上にかたちを正してすわり、左右の台下(だいか)には、三十人ばかりの弟子たちが、ずらりと立ちならんでいる。このさまをひと目みるや、美猴王ははっとひざまずき、頭を地に打ちつけながら、うやうやしく言上(ごんじょう)した。
「お師匠(ししょう)さま! わたくしめを、どうぞお弟子のはしにお加えください。」
「なんじはいずれのものか。して生国(しょうごく)と姓名はなんと申すか。」
「わたくしめは、東勝神州傲来国(とうしょうしんしゅうごうらいこく)、花果山水簾洞(かかざんすいれんどう)のものでございまして……」と、いいかけると、祖師は声高(こわだか)にしかって、
「出てうせろ! そちはいつわり者じゃのう。なんのさとりの道などが修められるものか! 東勝神州からここまでには、ふたつの大海と、南贍部洲とをへだてているぞ。どうしてまいられよう。」
美猴王は、さらに頭をさげて、
「それがし海あれば海に浮かび、国あれば国をへめぐり、十数年にして、ようやくここまでまいりました。」
「なるほど、一歩々々と、まいったと申すのじゃな。してそちの姓(せい)は。」
「それがし姓はございません。」
「しからば、父母の姓はなんと申したか。」
「それがしには父母もございません。」
「それでは、木の又(また)からでも生まれたのか。」
「いえいえ、石のなかで育ったのでございます。なんでも花果山のいただきに、ひとつのふしぎな石がありまして、それが破裂いたしましたとき、それがしが生まれたのでございます。」
祖師はこれをきくと、たいへんよろこんで、
「さすれば、天地自然(てんちしぜん)の子じゃな。まず起きあがって、わしに歩いてみせよ。」
美猴王は、そこですっくと立ちあがり、しゃちこばって歩くことふたまわりばかり、と祖師はわらって、
「そちのようすはみにくいが、松の実をくらって生くる猢猻(こそん)[訳者註:サルの俗語]そのままじゃのう。わしはそれにちなんで、姓をつけてとらそう――猢(こ)はけものへんに古い月であるが、月は陰(いん)であるからよろしくない。つぎの猻(そん)の字は、けものへんに子(し)と系(けい)で、子は男子を意味し、系は血筋をあらわすから、めでたい字じゃ。よって猻(そん)からけものへんをけずって、『孫』としてつかわそう。どうじゃ。」
美猴王はこれをきいて、うれしくてたまらない。
「ありがたや! こんにちにしてはじめて姓をえましたのは、ただただお師匠さまのおかげでございます。……さてすでに姓をえましたからには、さらに名をも賜(たまわ)りましたほうが、呼びよくはございませんか。」
「わしのところでは、十二の字をとって、じゅんじゅんに名をあてているが、ちょうどそちは、十ばん目の字にあたる番だわい。」
「その十二の字と申しますると?」
「すなわち広大智慧(こうだいちえ)、真如性海(しんにょしょうかい)、穎悟円覚(えいごえんかく)――との経文の十二字じゃ。順(じゅん)にあてて、そちが『悟(ご)』の字にあたるから、そちの法名(ほうみょう)を『孫悟空(そんごくう)』と呼ぶことにいたそう。」
「ありがたや! ではこれより、孫悟空と名のることにいたしまする。」
美猴王(びこうおう)は、いや、もう孫悟空(そんごくう)になったかれは、大よろこびである。



当代きってのマルチ・エンターテイナー堺正章氏主演のTVドラマ『西遊記』のオープニングを思い出す。Go-Die-Go の主題歌「Monkey Magic」も好きだった。三蔵法師役のキャスティングには驚いたが見事にハマっていた。あの作品以来、三蔵法師を女優が演ずることに抵抗を感じなくなった。
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