第八十三段 ― 2022年03月20日
やっと見付かった。これを探していたのである。
「偸まれた手紙(The Purloined Letter)」(1844年)。エドガー・アラン・ポウ(Edgar Allan Poe、1809年-1849年)。
Nil sapientia odiosius acumine nimio. セネカ
パリイで、一八――年の秋の或る風のある宵、暗くなってから程なく、私は友人C・オオギュスト・デュパンと一緒に、郭外(フォオブウル)サン・ジェルマンのデュノオ街三十三番地四階にある彼の小さな裏向きの図書室、即ち書斎で、黙想と海泡石のパイプとの二重の快楽に耽っていた。少くとも一時間というものは、我々は深い沈黙を続けていた。そしてちょっと見たら、二人とも、部屋の空気を圧するばかりの煙のくるくる捲く渦に、すっかり心を奪われていたように見えたかも知れない。しかし、私自身は、その宵の早い頃我々の話題になっていた或る題目のことを、心の中で考えていたのだった。というのは、あのモルグ街の事件と、マリイ・ロジェエ殺しの怪事件のことなのである。だから、部屋の扉が開いて、我々の古馴染(ふるなじみ)のパリイの警視総監G――氏が入って来た時、私にはそれが何か暗合のように思われたのであった。
我々は心から彼を歓迎した。この男には賤しむべきところもあると共に面白いところもあったし、それに我々は数年間彼に逢わなかったからである。二人はそれまで暗いところで坐っていたので、デュパンはその時ランプをつけるために立ち上ったが、G――が或る非常に困っている公務について、我々に相談に、というよりも私の友の意見を聞きに、来たのだと言うと、デュパンはそのまま再び腰を下した。
「もし何か熟慮を要する事柄なら、暗闇の中で考えた方がいいでしょう。」と彼は灯心に火をつけることを控えながら言った。
「また君の奇妙な考えですな。」と総監が言った。彼は自分のわからないことは何でもみんな「奇妙な」と言う癖なので、全く「奇妙なこと」だらけの真中に生きているのだった。
「いかにも。」とデュパンは言って、客に煙草を勧め、坐り心地のよい椅子を、彼の方へ押しやった。
「ところで今度の面倒なことというのは何ですか?』と私が尋ねた。「殺人事件なんぞはもう御免蒙りたいものですな。」
「いやいや、そんな性質のものじゃありません。実は、事柄は極めて単純なので、我々だけで十分うまくやってゆけることは疑わないんだが、でもデュパンがきっとその詳しいことを聞きたがるだろうと思ったんです。何しろ非常に奇妙なことなんだから。」
「単純で奇妙、か。」とデュパンが言った。
「うむ、さよう。で、またどちらとも、その通りでもないので。実は、事件は実に単純なんだが、しかも我々を全く迷わせるので、ひどく参っている始末なんだ。」
「多分、事のその単純だという点が、あなた方を当惑させているんだな。」と友が言った。
「馬鹿を言っちゃいかん!」と総監は心から笑いながら答えた。
「多分、その不可解なことというのは、少々明瞭過ぎるんだな。」とデュパンが言った。
「おやおや!」 そんなことを考える物がいるもんかね?」
「少々わかりきってい過ぎるんだよ。」
「は、は、は!――は、は、は!――ほ、ほ、ほ!」と客は大層面白がって大笑いした。「おお、デュパン、こう笑わされては助からんよ!」
「ところで、一体どんな事が起っているんですか?」と私が尋ねた。
「じゃあ、お話しましょう。」と総監は、煙草の煙を長く、しっかりと、考えこみながら吹かし、自分の椅子に坐りこんで、答えた。「手短にお話しましょう。しかしその前に御注意をお願いしたいのは、これは絶対秘密を要する事柄で、もしわたしが他人にこれを打明けたことが知れたら、わたしは恐らく今の地位を失わねばならん、ということです。」
「お始めなさい。」と私が言った。
「あるいはおよしになろうとも。」とデュパンが言った。
「では、申しましょう。或る高貴の筋から直接わたしに通知があって、宮廷からこの上もなく大切な或る書類が偸まれたというのです。また、その男がまだそれを所持しているということもわかっているのです。」
「どうしてそのことがわかっているんです?」とデュパンが尋ねた。
「それは、その書類の性質からと、また、それが盗んだ人間の手を離れると直ぐ生ずる筈の或る結果がまだ現われないことから、明かに推測されるのです。――つまり、彼が最後にそれを使おうとする筈の使い方から生ずる結果が現われていないんですな。」と総監が答えた。
「もう少しはっきり願いたい。」と私が言った。
「よろしい。じゃあ思い切って言うが、その文書はそれの所持者に或る方面に於いて或る勢力を与えるのだ。そこではそういう勢力は莫大な価値があるのです。」総監は外交用語を使うのが好きだった。
「まだ私にはすっかりわからんが。」とデュパンが言った。
「わからない? よろしい。その書類を、名は申されぬが或る第三者にあばくと、或る非常に高い地位の方(かた)の名誉に係わるのですな。そしてこの事実は書類の所持者にその貴顕な方に対して権力を揮わせ、その方の名誉と平和とが危くされているのです。』
「しかしその権力なるものは、」と私は語を挟んだ。「盗まれた人が盗んだ人を知っているということを、その盗んだ当人が知ってのことでしょう。誰がそんなひどいことを――」
「ところが盗んだ人というのは、」とG――は言った。「男らしいことであろうとなかろうと、どんな事でも平気でやるあのD――大臣ですよ。その盗み方は、大胆であると共に巧妙でもあったのです。その書類は――打明けて申せば、手紙なんですが――その盗まれたお方が王宮の奥の間にお一人でおられた時にお受取りになったのです。その御婦人がそれを読んでお出でになる時に、他の高貴な方が突然入って来られたのだが、その手紙はとりわけその方には見せたくないと思っておられたものなんですな。で、急いでそれを抽斗の中へ押し込もうとされたが駄目だったので、已むを得ず開いたままテエブルの上にお置きになりました。でも、宛名が一番上になっていて、従って内容のところが隠れていたので、手紙は別に注意されずにすんだという訳でした。この時にD――大臣が入って来たのです。彼の山猫のような眼は直ぐその手紙を見つけ、宛名の筆蹟を認め、それからその受取人の方の狼狽しておられるのを見てとり、その方の秘密を知ってしまったのですな。いつものように用向を手早くすませると、彼は例の手紙と幾らか似ている一通の手紙を取り出して、それを開き、読むような振りをして、それからもう一つのとぴったり並べて置きました。そしてまた十五分ばかり公務について話をする。さて退出する時に、彼はテエブルから自分のものではない手紙を失敬して行ったのですよ。その手紙のほんとうの所有者はそれを見ておられたけれども、その第三者の方がすぐお側に立っておられるところで、勿論、その行為に注意を促す訳にもゆかなかったんですね。大臣は、自分の手紙を――大事でも何でもないのを――テエブルの上に残して、さっさと引きあげたんです。」
「なるほど、そこで、」とデュパンが私に向って言った。「君の言っているその権力なるものが完全に揮われる訳――盗まれた人が盗んだ人を知っているということを、その盗んだ当人が知っている、ということ――が、きっぱりわかったことになるね。」
「そうです。」と総監が答えた。「そして、こうして得られた勢力は、この数箇月の間、政治上の目的に、甚だ危険な程度にまで用いられて来ているんです。盗まれた方は自分の手紙を取戻す必要を、日毎に痛切に感じておられる。だが、これは無論公然とやる訳にはゆかない。とうとう、断念されて、事をわたしにお任せになったのです。」
「あなた以上に賢明なやり手は望めないし、想像もされないですな。」とデュパンは濛々と煙の渦巻く中で言った。
「お世辞を言っちゃいけませんよ。しかし、あるいはそんなようなことかも知れないな。」と総監は答えた。
「あなたの仰しゃる通り、」と私は言った。「その手紙がまだ大臣の手にあることは明かですね。権力を与えるのは、手紙を何かに使うことではなくて、それを持っていることなんだから。使ってしまえば権力はなくなる訳だ。」
「その通り。」とG――は言った。「で、その確信に基いて、私は歩を進めたのです。先ず第一になすべきことは、大臣の邸をすっかり捜索することでした。そして、それにはわたしの一番困ったのは、彼に知られないで捜索しなければならんということでしたよ。何よりも、我々の計画を彼に疑われるようになると危険が生ずるかも知れないということを、わたしは警告されていたんですから。」
「ですが、」と私は言った。「そのような調査は、あなた方には全くお手のものでしょう。パリイの警察は今までにそんなことは何度もやったことがあるんだから。」
「そうですとも。だからわたしは失望しなかったんです。それに、大臣の習慣もわたしには非常に好都合でした。彼はよく一晩中家をあけるのです。召使もたくさん使っていない。彼等は主人の部屋から離れたところに寝ているし、主にネエプルズ人だから、造作なく酔わせてしまえるのです。御承知の通り、わたしはパリイ中のどんな部屋だろうが戸棚だろうが開けられる鍵を持っている。この三箇月というものは、一晩だってその大部分をわたしが自身でD――の邸を隈なく捜さずに過したことはありません。わたしの名誉に関することだし、それに大きな秘密を言ってしまえば、報酬は素晴しいんですよ。だからわたしは捜索をやめずに続けていたのですが、とうとう盗んだ男はわたしよりももっとはしっこい人間だということが十分にわかって、やめてしまいました。あの書類を隠すことの出来そうな屋敷中のどんな隅々までも調べたつもりなんですがねえ。」
「しかしですね、」と私は提言した。「その手紙が確かに大臣の手にあるとしても、彼がそれを自分の屋敷以外の何処かに隠しているかも知れん、ということはあり得ないでしょうか?」
「そいつはまず殆どあり得ないことだね。」とデュパンが言った。「宮廷に於ける現在の特殊の事情と、とりわけ、D――の関係しているという評判のあの陰謀の性質とから、その書類をすぐ間に合せることが――それを即座に取り出せることが――それを持っていることと殆ど同じくらい重要なことなんだろうからな。」
「それを取り出せることと言うと?」と私は言った。
「つまり、裂いてしまえることさ。」とデュパンが言った。
「なるほど。」と私は言った。「じゃあその書類は明かに屋敷の中にある訳だ。大臣がそれを体につけているなんてことについては、問題にしなくてもいいのでしょうな。」
「全然。」と総監は言った。「追剥(おいはぎ)のやるようにして二度も彼を待伏せして、わたし自身の監視の下に厳重に体を捜させたんだから。」
「そんな厄介なことはしなくたってよかったろうにね。」とデュパンが言った。「D――だってまんざら馬鹿でもないだろうと思う。とすれば、そんな待伏せされることなんぞは当然の事として予期していたに違いない。」
「まんざら馬鹿ではね。」とG――は言った。「だが、あの男は詩人ですぜ。詩人なんてものは馬鹿とほんの一隔(ひとへだ)てだとわたしは思っていますよ。」
「いかにも。」デュパンは海泡石のパイプから長く、考えこんでいるように、煙草の煙を吹き出してから、言った。「もっとも僕だってへぼ詩を作ったことがあるんだが。」
「あなたの御捜索のことを委細詳しくお話になっては如何でしょう。」と私が言った。
「そうですな。こうですよ、我々は時間をかけてゆっくりやり、何処もみんな捜した、という訳なんです。こういう事件にはわたしは永年の経験があります。わたしは建物全体を一部屋毎にかかり、一部屋に満一週間の夜を費やしました。初めに各室の家具を調べたのです。ありとあらゆる抽斗を開けてみました。御承知のことと思うが、相当に熟練した警察官にとっては、秘密の抽斗などというようなものはあり得ないのです。こういう捜索に当って『秘密の』抽斗がその眼につかないと思う者がいるなら、そりゃあ阿呆ですよ。それほどやさしいことなんです。どんな戸棚でもみんな、測られる容積の――空間の――或る一定の量がある。ところで我々は正確な物差を持っている。一ライン[訳註:一インチの十二分の一]の五十分の一だって見落す筈はありませんよ。戸棚の次には椅子を調べました。クッションは、わたしが使っているのを御覧になったことのある、あの細い、長い針で探ってみました。テエブルからは上板を取り除けてみました。」
「何故そんなことを?」
「テエブルや似たような作りの他の家具の上板は、時々、者を隠そうとする人が取り除けることがあるのです。そうして脚に穴をあけ、品物をその中へ入れて、上板を元の通りにしておくんですよ。寝台の柱の底や頭も同じ風に使われます。」
「しかし、そんな穴は叩いてみたら音でわかりはしませんかね?」と私は尋ねた。
「品物を入れる時に、その周りに綿を十分に填めれば、決してわからない。その上に、我々の場合では、何しろ音を立てずにやらなければならなかったんだから。」
「しかし、あなただって、物の入れられそうな家具をどれもこれもみんな取り外すことは出来なかったでしょう、――ばらばらにすることは出来なかったでしょう。手紙の一通くらいなら、細くぐるぐる巻けば、大きな編物針と形も大きさも大して違わないものに巻き縮められる。そんな風にすれば、例えば椅子の桟の中へでも差し込むことが出来るかも知れん。あなたは椅子を一つ残らずばらばらにしやしなかったでしょう?」
「そりゃあしませんでしたよ。だが我々はもっとうまくやりました、――邸中のあらゆる椅子の桟、それから実際あらゆる種類の家具の継目(つぎめ)を、非常に強度の拡大鏡を用いて調べたんです。近頃手をつけたような形跡が少しでもあれば、直ちに我々の眼につかない筈はない。例えば、錐(きり)の屑の一粒でも、林檎みたいにはっきりしたでしょうよ。膠附(にかわづ)けが少しでも変だったり――継目が少しでも普通以上に開いていたり――すれば、それだけで十分看破出来たでしょう。」
「鏡は御注意なすったでしょうね、板と硝子戸の間を。また寝台や寝具はお探りになったでしょうね。それからカアテンや絨毯も。」
「それは勿論。そんな風にして家具を一つ残らずすっかりやってしまうと、それから家そのものを調べました。家の全面を区画して、一つでも見落しをしないように、それに番号をつけました。それから屋敷中を各平方インチ毎に、その直ぐ隣の二軒も含めて、前のように、拡大鏡で精密に調べたのです。」
「隣の二軒の家も!」と私は叫んだ。「そりゃあさぞ大変なお骨折だったでしょうなあ。」
「そうでしたよ。でも報酬は莫大なんです。」
「家の周囲の地面も含めておやりになったんですね?」
「地面にはすっかり煉瓦が舗いてあります。だから比較的骨を折らずにすみました。煉瓦の間の苔を調べたんですが、動かされていないことがわかったのです。」
「無論D――の書類の間や、それから図書室の書物の中も御覧になりましたね?」
「見ましたとも。荷物や包みは片っ端から開けてみました。書物はみんな、或る警察官たちのやるように、ただ振ってみるだけでは満足せずに、開けてみるばかりではなく、一冊毎に一枚一枚めくってみました。また本の表紙もみんな非常に正確に厚さを測り、一つ一つ拡大鏡でうんと注意深く調べました。最近に装釘に手をつけたものがあれば、眼にとまらないなんてことは絶対になかった筈です。製本屋から来たばかりの五六冊の本は、針で念入りに探ってみました。」
「絨毯の下の床(ゆか)はお調べになりましたね?」
「確かに。絨毯はみんな剥いで、床板を拡大鏡で調べました。」
「それから壁紙も?」
「ええ。」
「穴蔵も見ましたね?」
「見ました。」
「それじゃあ、」と私は言った。「あなたは見込違いをしていられたのでしょう。手紙はあなたが想像なさるように屋敷の中にはないんですよ。」
「わたしもそうじゃなかろうかと思う。」と総監が言った。「で、デュパン、どうしたらいいでしょうね?」
「屋敷をもう一度完全に捜すんですな。」
「それは全然不必要だ。」とG――が答えた。「手紙が邸の中にないことは、わたしが生きているのと同じくらい確かですよ。」
「それ以上の助言は私にはありません。」とデュパンは言った。「あなたは、勿論、その手紙の正確な説明書を持っているでしょうね?」
「ええ、ええ、持っていますとも!」――そう言うと、総監は手帳を取り出して、紛失した書類の中の様子と、殊に外観とを詳しく書いたものを、大きな声で読み始めた。その説明書を読み終ってしまうと間もなく、彼は帰って行ったが、私は今までこの善良な紳士がこれほどすっかり意気消沈しているのを見たことがないくらいであった。
その後一月ほどたってから、彼はまた我々を訪ねて来たが、その時も二人は前と殆ど同じようなことをしていた。彼はパイプを取り、椅子に腰を下し、何かの普通の話を始めた。遂に私は言い出した。――
「ところで、G――、例の偸まれた手紙はどうなりました? あの大臣を出し抜くなんてことは到底出来ないと、とうとう諦めたようですな?」
「あの畜生、いまいましい奴だ、――そうですよ。デュパンが言ってくれた通りに、わたしはもう一度調べてみました、――が、やっぱり思った通り、全く無駄骨を折ったばかりだよ。」
「報酬はそれだけだと言いましたかね?」とデュパンが尋ねた。
「うむ、大したものだ、――非常にたくさんな報酬だ、――はっきりいくらとは言いたくないのだが、誰でもあの手紙をわたしに渡してくれる人には、わたしの小切手で五万フラン上げてもかまわない、ということだけは言っておきましょう。実は、あれは日毎に重要になって来ているので、報酬が最近二倍にされたんです。だが、たとい三倍にされたところで、わたしは今までしたことより以上には何も出来まい。」
「ふむ、なるほど。」デュパンは海泡石のパイプを吹かす合間に、ゆっくりと言った。僕は思うんだがね――G――、あなたはこの事件に対してまだ出来るだけ――骨を折ってはいないようですな。あなたはもうちっと――やれたと僕は思うんだがな、え?」
「どうして?――どんな風に?」
「なあにね、――ぱっ、ぱっ――あなたは――ぱっ、ぱっ――この事件について人の意見を用いたらよかったろうにね、え?――ぱっ、ぱっ。ぱっ。あなたはアバニシイ[訳註:イギリスの医者]の話を覚えていますか?」
「いいえ。アバニシイなんぞくたばってしまえだ!」
「御尤も! くたばってしまえで結構。だが、或る時、或る金持の吝嗇家が、そのアバニシイに医療上の意見をただで聞こうという工夫をしたんです。そこで、どこかで会った時に普通の話を始めて、仮にこういう患者がいたならということにして、自分の病症をそのお医者に話したのですな。『その男の症候はかようかようだということに致しますと、さて、先生、あなたならその男に何を用いろと仰しゃいますか?』とその吝嗇家が言ったんですね。『さよう、無論、医者の助言を用いるんですな!』とアバニシイは言ったそうですよ。」
「だが、」と総監は少しむっとして言った。「わたしは完全に喜んで助言を用いますし、そのお礼も払いますよ。この事件でわたしを助けてくれる人があれば誰にでも五万フランをほんとうに上げるつもりなんです。」
「それなら、」とデュパンは抽斗を開けて小切手帳を取り出しながら答えた。
「それだけの額の小切手を私に書いて下すってもいいでしょう。それに署名したら、あの手紙を渡しましょう。」
私はびっくりした。総監は全く雷に打たれたようだった。彼は暫くの間は、ものも言わず、身動きもせず、口をぽかんと開け、眼の玉がとび出るようにして、信じられぬという風に私の友を眺めていた。それから、幾らか我に返ったらしく、ペンを掴んで、何度も止めたりぼんやり眺めたりした後に、漸く五万フランの小切手を書いて署名し、テエブル越しにデュパンに渡した。デュパンはそれを念入りに調べて紙入にしまい、それから写字台(エスクリトワアル)の抽斗の錠をあけ、そこから一通の手紙を取り出して、総監にやった。総監は狂喜せんばかりにそれをしっかり掴み、震える手で開いて、その内容を大急ぎでちらりと見、それから扉の方へよろめきよると、とうとう無作法にも、さっきデュパンが小切手を書いてくれと言った時以来一言も口を利かずに、部屋から、そして家から、跳び出して行ったのだった。
彼が行ってしまうと、友は説明をし始めた。
「パリイの警察はね、」と彼が言った。「その道ではなかなか手腕があるんだよ。彼等は根気がいいし、工夫力もあるし、狡猾でもあるし、職務上主として必要なように見える知識には十分に通暁してもいる。だから、G――が彼のD――邸の家宅捜索をした方法を我々に詳しく話してくれた時、僕は、彼の労力の及ぶところまでは――彼が申分のない調査をしたということを、完全に信じたんだ。」
「彼の労力の及ぶところまではだって?」と私は言った。
「そうさ。」とデュパンが言った。執られた手段は、その種の最上のものであったばかりではなく、完全無欠なところまで実行されたのさ。手紙が彼等の捜索の範囲内に置いてあったなら、あの連中はきっと見つけたろう。」
私はただ笑った、――が彼は全く真面目で言っているようであった。
「そういう訳で、」と彼は続けて言った。「手段はその種のものではいいものだったし、立派に実行もされた。ただ欠点というのは、その事件と、それからその相手とに当嵌(あてはま)っていないということだったんだよ。総監は、非常に巧妙な方法というのはプロクラスティイズ[訳註:古代ギリシアの伝説のアッティカの強盗で、人を捕えた度毎に鉄の寝床に寝させ、その身長が寝台より長い時はその余った部分を斬り縮め、短ければ引延ばして同じ長さにして殺したと言い伝えられている]の寝台のようなものだと思って、自分の計画を無理にそれに適合させようとするんだね。彼はいつも、自分の手にしている事件に対して余り深謀過ぎたり浅慮過ぎたりして、しくじるのだ。学校の子供だって彼よりももっとうまく推理するのがたくさんいる。僕は八歳ばかりの子供を知っていたが、この子は『丁か半か』という勝負で言い当てるのがうまくて、みんなに褒められていた。この勝負は簡単なもので、弾石(はじきいし)でやるのだ。一人がこの石を手に幾つか持っていて、相手にその数が丁か半かときく。もし当てたら、当てた方が一つ取るし、違ったら、一つ取られるのだ。今言ったその子供は学校中の弾石をみんな取ってしまったものだよ。無論彼は当てる法則といったようなものを持っていたのだ。というのは、ただ相手のはしっこさを観察してそれを量るということなんだ。例えば、全くの馬鹿が相手になっていて、握った手を上げて、『丁か半か?』ときく。その生徒は『半。』と答えて、負ける。が二度目には勝つ。という訳は、彼はこう考えるのだ、『この馬鹿は初めに丁を持って勝ったんだから、此奴(こいつ)の利口さの程度ではちょうど、二度目には半を持つくらいのところだろう。だから半と言ってやろう。』とね。――そこで半と言って、勝つのだ。それから、相手がこれとはもう少し上の馬鹿だと、彼はこういう風に考える。『此奴は初めに僕が半と言ったので、二度目には直ぐ、前の馬鹿のように、簡単に丁から半へ変えようとするだろう。が考え直してこれは余り簡単な変え方だと思い、結局やはり前のように丁を持つことにきめるだろう。だから丁と言ってやろう。』とね。――で、丁と言って勝つんだ。そこで仲間の者たちに『運が強い』と言われていたその生徒のこの推理の方法だね、――これは最後まで分析すると、何かね?」
「それはただ推理者の智力を相手の智力と合致させることに過ぎんね。」と私は言った。
「そうなんだ。」とデュパンが言った。「で、僕はこの子供に、彼の成功の基であるその完全な合致をどんな手段で得たかということを尋ねたら、こういう答だった。『僕は、誰かがどれくらい賢いか、どれくらい間抜か、どれくらい善い人か、どれくらい悪い人か、またその時の考えがどんなものか、というようなことを知りたいと思う時には、自分の顔の表情を出来るだけ正確にその人の表情と同じようにします。それから、その表情と釣合うように、または一致するようにして、自分の心や胸に起って来る考えや気持を知ろうとして待っているんです。』というのさ。この生徒のこの答は、ロシュフコオ[訳註:la Rochefoucauld]や、ラ・ブリュイエエル[訳註:la Bruyere]や、マキアヴェリ[訳註:Machiavelli]や、カンパネエラ[訳註:Campanella]のものとされているあらゆる贋(にせ)の深遠さよりも深いものだよ。」
「で、その推理者の智力を相手の智力と合致させることはだね、」と私は言った。「もし君の言うことを僕が誤解していないなら、相手の智力を量る正確さの如何によるね。」
「その実際上の価値としては、それはそういうことによるのだ。」とデュパンは答えた。「で、総監とその一味の者があんなに屡々失敗するのは、第一に、その合致が欠けているためで、第二には、彼等の相手にしている人間の智力の量り方が悪いため、というよりもむしろ量らないためなんだ。彼等はただ自分たち自身の工夫力だけしか考えない。そして、何でも隠されたものを捜すのに、自分たちの隠しそうな方法だけしか注意を向けない。彼等自身の工夫力が普通一般の人々の工夫力の忠実な代表であるという点までは――これは正しい。が特殊の悪人の巧智が彼等自身の巧智と性質が異っている場合には、勿論、彼等はしくじってしまう。これは相手の巧智が彼等以上の時にはいつもそうだし、それ以下の場合にも大抵そうなんだ。彼等は調査に当って決して方針を変えるということをしない。せいぜい、何か非常な出来事――何か素晴しい報酬など――で励まされると、自分たちの方針は変えないで、ただもとのやり方を拡張し、または大袈裟にする。例えばこのD――の場合に、行動の方針を変えるためにどんなことがされたか? あんな風に孔をあけたり、探針で探ったり、叩いて音をためしたり、拡大鏡で綿密に調べたり、建物の表面を平方インチに区画して番号をつけたりすること――そんなことはみんな、総監が永い間の在職中に見慣れて来た人間の工夫力に関する一連の考えを基礎としている探索方針の一つ、あるいは幾つかを、大袈裟に適用したものに過ぎんじゃないか? 彼は、あらゆる人間は手紙を隠すのに、――必ずしも椅子の脚に錐であけた穴にではなくとも――少くとも、椅子の脚に錐であけた穴に手紙を隠そうとするのと同じような考えから思いついた、何処かの容易に人目につかぬ穴か隅っこに――隠そうとするものだ、ときめこんでいるじゃないか? が、そういう念の入った隅っこに隠すことは、ただ普通の場合にのみ用いられるもので、ただ普通の智力の者が用いるだけだろうじゃないか。何故かと言えば、ものを隠匿する場合にはすべて、その隠す品物を処置すること――それをそういう念の入った方法で処置すること――は先ず第一に推量し得ることだし推量されることなんだからね。だから、それの発見は、ちっとも探索者の明敏さ如何によるのではなく、全然単なる注意と、忍耐と、決意とによるのだ。そして事件が重大な場合には――あるいは、警察官の眼には同じことだが、報酬が多大な時には――そういう特性は決して欠ける筈はない。という訳だから、もしあの偸まれた手紙が総監の調査の範囲内の何処かに隠してあったなら――言葉を換えて言えば、それの隠匿の方針が総監の中に包含されていたなら――それの発見は全然疑いの余地のないことだったろう、と僕の言おうとしたことは君には今わかったろう。しかるに、あの先生は完全に煙に巻かれてしまった。そして彼の失敗の遠因は、あの大臣は馬鹿である。何故なら彼は詩人としての名声を得ているから、と推測したことにあるのだ。すべての馬鹿は詩人である。こう総監は自分で『思っている』。そして彼はそこから、すべて詩人は馬鹿である、と推断して、ただ媒辞不周延(non distributio medii)に陥ったのさ。」
「だが詩人というのはほんとうかね?」と私は尋ねた。「兄弟が二人あるということは聞いているし、二人とも文名はある。が、確かあの大臣の方は微分学についてのなかなか博学な著述があったと思う。あの男は数学者であって、詩人じゃあないよ。」
「それは違う。僕はあの男をよく知っている。彼はその両方なんだ。詩人兼数学者なればこそ、彼はよく推理するのだ。単なる数学者に過ぎなかったら、彼は推理なんぞはちっとも出来なくて、総監の思うままになったろう。」
「こりゃあ驚くね。」と私は言った。「そういう意見は世人の言うところとまるで矛盾しているからね。君は何世紀もの間十分理解されて来た考えを無視しようとするんじゃないだろうな。数学的の推理こそ、永い間特に優れた推理と見做されて来ているものなんだからねえ。」
「『あらゆる公衆一般の観念、あらゆる世間一般に承認されたる慣例は愚かなるものと思わば間違いなし、何となればそは衆愚を喜ばしむるものなればなり(Il y a a parier que toute idee publique, toute convention recue est une sottise, car elle a convenue au plus grand nombre.)』さ。」とデュパンはシャンフォオルの言葉を引用して答えた。「いかにも数学者は君の今言ったその世間一般の誤謬を弘めるのに彼等の全力を尽して来たが、それは真理として弘まっていようともやっぱり立派な誤謬だよ。例えば、彼等はこんなことに用いては勿体ないような技巧を以て、『分析』という言葉を代数学に適用するように勧めて来ている。フランス人がこの詐欺の元祖だよ。だが、もし言葉が少しでも重要なものであるなら――もし語というものが事柄に適用されることによって何等かの価値を生ずるものであるならだね――『分析』が『代数学』を意味しないことは、ラテン語で「ambitus」が「ambition」を意味せず、「religio」が「religion」を意味せず、あるいはまた「homines honesti」が「honorable_ men」を意味しないくらいの程度なんだ。」
「君は今パリイの代数学者たちを相手に喧嘩してるんだね。だが、まあ話を続け給え。」
「僕は、絶対的に論理的な形式以外のあらゆる特殊の形式に於いてなされる推理の効力に、従ってその価値に、反対する。とりわけ、数学的の研究によって引き出された推理には反対する。数学は形式と数量との科学であって、数学的の推論は形式と数量との観察に適用された論理に過ぎない。純粋代数学と称せられているものの真理でさえ、それが絶対的の、あるいは普遍的の真理であると想像するところに、大きな誤謬が存するんだよ。そしてこの誤謬は実に甚だしいものなので、それが広く一般に信ぜられているのには僕もびっくりするね。数学の公理は普遍的な真理の公理では「ない」のだ。関係――形式と数量との関係――について真であることも、例えば倫理学などに関しては、屡々非常に間違ったものであることがある。倫理学では、部分の総和は全体に等しいということは大概真では「ない」。化学に於いてもやはりその公理は駄目だ。動機の考究に於いてもそうだよ。何故かと言えば、或る与えられた価値を持つ二つの動機は、それを合せても、必ずしもその個々の価値の和に等しい価値にはならないからね。この他にもまだ関係の範囲内でのみ真理であるに過ぎない数学的の真理がたくさんある。しかし数学者は習慣上、彼の限定された真理から、恰もそれが絶対的に何にでも適用されるものであるかのように論ずるのだ。――そして世人も実際そうだと想像しているんだがね。ブライアント[訳註:Jacob Bryant]が、彼の極めて該博な『神話学』の中で、『何人も異教徒の寓話を信ぜざるも、しかも吾人は絶えず自己を忘れ、それらの寓話を実在としてそれらより推論をなす』と言っている時、それに似た誤謬の源を述べているのさ。ところが、かの代数学者たちは異教徒そのものなんで、彼等はその『異教徒の寓話』を信じて「いる」のだ。そして、彼等がその推論をするのは、ついうっかりして忘れてやるよりも、訳のわからぬ頭の悪さからやるんだからな。要するにだね、単なる数学者で等根以外のことで信用出来る人、あるいは X2+PX が絶対的に且つ無条件に q に等しいということを密かに自分の信条としていない人には、僕は未だ嘗てお目にかかったことがないよ。まあ、験しに、そういう紳士方の一人に、X2+PX が必ずしも q に等しく「ない」場合もあり得ると思う、と言ってやって御覧なさい。そして君の言おうとしていることを相手にわからせたら、出来るだけ素速くその男の手の届かないところへ避け給え。きっと彼は君をはり倒そうとするだろうからね。」
彼の最後の言葉を聞いて私がただ笑っていると、彼は話を続けた。「僕の言おうとするのは、もしあの大臣が数学者であるだけだったら、総監はこの小切手を僕にくれる必要がなかったろう、ということなんだ。しかし僕は彼が数学者であり且つ詩人であることを知っていたので、僕の物差を、彼の周囲の事情を考えて、彼の才能に適合させたのだ。僕はまた廷臣としての、また大胆な陰謀家(アントリガン)としての彼をも知っていた。そういう人間が警察の普通のやり方を知らない筈はないと僕は考えた。彼は自分が待伏せされることを予想しない筈がなかったろう。――そして事実は彼がそれを予想したことを示している。彼は自分の屋敷が秘密に調べられることを予知したに違いない、と僕は思った。彼は屡々夜家をあけることを、総監は自分の成功を助けるものだと思って大いに喜んだが、僕はただそれを、警察に十分に捜索させる機会を与え、そうしてそれだけ早く彼等に、G――が事実とうとう到達したあの確信を――手紙が屋敷の内にないのだという確信を――与えようとする策略(リュウズ)だと考えた。それからまた、僕がさっき多少骨を折って君に詳しく話した、あの隠匿された品物を捜す場合に執る警察の一本調子な方針についてのあらゆる考えだね、――ああいう考えはみんな必ず大臣の心に浮んだろう、と僕は感じた。そういうことを考えると彼はどうしても否応なしに普通の「隅っこ」の隠し場所は一切却けるようになったに違いない。あの男が、自分の邸の一番入組んだ引込んだ箇所でも、総監の眼や、探針や、錐や、拡大鏡にとっては、極く普通の戸棚同様にあけっ放しのものであることを知らないほど、愚鈍である筈がない、と僕は考えた。結局、僕は、彼がたとい熟慮の末に選んだのではなくとも、当然の成行として、「単純な」手段を執ったに違いない、ということを知ったのだよ。君は、我々が最初に総監と会った時、この事件がそんなに彼を悩ませるのはそれが「極めて」わかりきっているためかも知れんと僕が言ったら、総監がやけに笑いこけたことを、多分覚えているだろう。」
「うん、大変な御機嫌だったことをよく覚えているよ。あんまり笑うので、ひきつけやしないかと僕はほんとうに思ったものだ。」と私は言った。
「物質界には、」とデュパンは語を続けた。「非物質界と非常によく類似したことがたくさんある。だから、隠喩やあるいは直喩が叙述を修飾すると共に議論を強めることが出来るという修辞上の独断が、幾分真理らしく見えるのだ。例えば、惰性力(ヴィス・イナアシェ)の法則は物理学でも形而上学でも同一であるらしい。物理学で、大なる物体を動かすのは小なる物体を動かすよりも困難で、それに伴う運動量(モメンタム)はその困難に比例するものであるが、これは形而上学で、能力の大きい知能は劣等な知能よりもその動作に於いて力があり、堅実であり、重大な結果を生ずるけれども、またそれよりも動かしにくく、動き出しても最初の数歩のうちはそれよりも薬科Kで、ためらっているのと同様なのだ。もう一つ例を挙げよう。往来の商店の看板の中でどんなのが一番注意を惹くかということを、君はいつか気をつけたことがあるかい?」
「そんなことは考えてみたこともないね。」と私は言った。
「地図の上でやる字探しの遊びがある。」と彼は再び話し続けた。「一方の者が或る語を――街の名でも、河の名でも、州の名でも、帝国の名でも――要するに、いろんな色のついたごちゃごちゃした地図の表面にあるどんな語でも――相手に探させるんだ。この遊びの初心者は大概、一番細かい字で書いてある名を言って相手を困らせようとする。けれども玄人は、大きな字で地図の端から端まで拡がっているような語を選ぶのだ。そういう文字は、余り大き過ぎる字で書いてある往来の看板や貼札(びら)と同じように、過度に明瞭であるあるために却って人目につかない。そしてこの物理的の見落しは、知能があの余りにひどく余りに明白にわかりきってい過ぎる事柄を気づかずに過すという精神的の不注意と、ちょうど類似しているものなんだ。しかし、こういうことはあの総監の理解力の幾分以上あるいは以下のことであるらしいね。彼は大臣があの手紙を誰にも気づかれないようにする一番よい方法として、それを誰でもの直ぐ鼻先に置きそうだとか、あるいは置いたかも知れないなどということは、一度だって考えたこともありゃしないのさ。
だが僕は、D――の大胆な、思い切った、明敏な工夫力と、彼がその書類を有効に使おうと思うなら常にそれを「手近に」置かなければならないという事実と、それが総監のいつもの捜索の範囲内には隠されていないというその決定的な証言とを考えれば考えるほど、――大臣がその手紙を隠匿するのに全然それを隠匿しようとはしないという遠大な、賢明な方策を執ったのだということがわかって来たのだ。
てっきりそうに違いないと思いながら、僕は緑色の眼鏡を用意して、ある晴れた朝ひょっこり大臣の邸を訪問した。D――は在宅していて、例の通り欠伸をしたり、ぶらぶらしたり、のらくらしたりして、退屈(アンニュイ)でたまらないという振りをしていた。彼は恐らく現代での最もほんとうに精力的な人間だろう、――が、それは誰も見ていない時だけのことなんだ。
彼にひけを取らないようにと、僕は自分の眼が弱くて困ると言い、眼鏡をかけなければならないことをこぼして、表面は主人の話にだけ余念なく聞き入っているような振りをしながら、その眼鏡の下から部屋中を念入りにすっかり見廻した。
僕は彼の近くにある大きな書机(ライティング・テエブル)に特に注意を払った。その上には、一つ二つの楽器や何冊かの本と共に、いろいろな手紙とその他の書類とが乱雑に載せてあった。しかし、永い間よほど気をつけて調べたが、ここには何も特別の嫌疑を惹くようなものがなかった。
部屋をぐるぐる見廻しているうちに、とうとう僕の眼は、煖炉前飾(マントルピース)の真中辺のすぐ下のところにある真鍮の小さな紐柄(つまみ)から、よごれた青いリボンでぶら下げてある、安ぴかの、見掛ばかりの、ボオル紙製の名刺差にとまった。この名刺差には三つ四つの仕切があって、五六枚の名刺と、一通だけの手紙とが入っていた。手紙の方はひどくよごれて皺くちゃになっていた。それは真中から二つに裂きかけてあった。――ちょうど、つまらぬものだから初めはすっかり裂いてしまうつもりだったが、次に思い返して止(よ)したといったようにね。極めて目立ったD――の花押(かきはん)のある、大きな黒い封印があって、細かな女の筆蹟でD――大臣へ宛てたものだった。それは名刺差の上の方の仕切に、無頓着にまたいかにもぞんざいらしく、突き込んであった。
この手紙をちらりと見るや否や、僕は直ちにこれが自分の捜しているものだときめてしまった。なるほど、見たところでは、これは総監があの詳細な説明書を読んでくれたものとは根本的に違っている。この方は封印が大きくて、黒く、D――の花押があるし、あの方は封印が小さくて、赤く、S――家の公爵の紋章がある。この方の名宛は、大臣に宛てたもので、細かく女文字で書いてあるし、あの方の表書は、或る王族に宛てたもので、著しく太い、しっかりした字で書いてある。ただ大きさだけが符合しているのだ。ではあるが、こういう相違が余り極端に根本的であること、それのよごれていること、紙のきたなくなって裂けていることがD――の真の几帳面な習慣と矛盾しているし、またその書類を価値のないものというように見る者を騙そうとする計画を思いつかせること、こういうようなことと共に、またその書類がどの訪問者にも十分見える余りに人目につくところにあり、従って僕が前に到達したあの結論と正(まさ)しく一致しているということ、こういうようなことは確かに、疑う意志を以て来た者には非常に嫌疑を濃くするものだったんだね。
僕は出来るだけ訪問を永びかせて、きっと大臣の興味を惹き、彼を躍起とならせるに違いないとよく自分の知っている話題について、彼と盛に議論を続けながら、少しも手紙から注意を離さずにいた。そうして調べている間に、その外観や、名刺差の中の入れ工合などを僕は暗記した。そしてとうとう一つの発見をしたが、それは僕の抱きそうなどんな些細な疑いでもなくしてしまうものだった。紙の縁をよく見ていると、それが必要らしく見える以上に「こすれて」いることがわかったのだ。それは、堅い紙が一度折り曲げられて紙折り篦(へら)で押えられ、そのもと折られた同じ折目のところから反対に折り返された時に出来る折れ工合なんだよ。これを発見すれば十分だった。僕には、その手紙が手袋みたいに裏返しにされ、再び宛名が書かれ、封印がし直されたことは明かだった。僕は大臣にさよならを言って、金製の嗅煙草入れをテエブルの上に置いたまま、すぐ帰って来た。
翌朝僕はその嗅煙草入れを取りに行って、前日の話をまた熱心に始めた。しかし、そうしているうちに邸の窓のすぐ下のところで、ピストルの音のような大きな音が聞え、続いて恐ろしい悲鳴と、群集の叫び声とが聞えて来た。D――は窓扉の方へ駈けより、それを押し開いて、外を眺めた。その間に、僕はあの名刺差のところへ歩みより、手紙を取って、自分のポケットの中へ入れ、そして(外側だけは)その通りにした手紙を代わりに入れて置いた。それは僕が家で注意深く用意して行ったものなんだ、――パンでこさえた封印で造作もなくD――の花押を真似てね。
往来の騒ぎは、銃を持った男の気違いじみた挙動から起ったものだった。彼は女子供の大勢いる真中でそいつを発射したのだ。しかし弾(たま)がこめてないことがわかり、狂人か酔払いだと思われて、行くままにされた。その男が行ってしまうと、D――は窓際から戻って来たが、僕は自分の目的のものを手に入れると直ぐ彼の後を追うてそこへ行っていたのだ。それから間もなく僕は彼と別れて来た。その贋(にせ)狂人は僕が傭った男さ。」
「しかし君がその手紙の代りを置いて来たのはどんな目的だったのかね?」と私は尋ねた。「最初に訊ねて行った時、公然とそいつを押収して帰った方がよくはなかったかね?」
「D――は、」とデュパンが答えた。「向う見ずな男だ。また剛胆な男だ。それに、彼の邸には彼のために身命を捧げた従者たちもいる。君の言うような無鉄砲な真似をやろうものなら、僕は生きて大臣のところから出ることが出来なかったかも知れん。パリイの人たちはそれきり僕の噂を聞かなくなったかも知れないぜ。しかし、そういう事柄とは別に、僕には一つの目的があったのさ。僕の政治上の贔屓(ひいき)は君も御承知の通りだ。この事件では、僕は例の貴婦人の一党員として行動するのだ。十八箇月の間、大臣は彼女を自分の権力に従わせて来た。今度は彼女の方が彼をその権力に従わせるんだ。――何故かと言うと、彼は手紙が自分の手にないことに気がつかないので、相変らずあるようなつもりで無理なことをやるだろうからね。こうして必ず彼は忽ちにして政治的破滅に陥ってしまうだろう。彼の没落は急激でもあり、また見っともなくもあるだろうよ。あの facilis descensus Averni[訳註:「地獄に降るは易し」]ということを話すのは至極結構だが、何に登るのでも、カタラアニ[訳註:Angelica Catalani。イタリイのソプラノ歌手]が歌い方について言ったように、下るよりも上る方がずっと易しいのだ。現在の場合では、僕は降ってゆく者には何の同情も――少くとも何の憐憫も――持っていない。あの男はかの monstrum horrendum[訳註:「恐ろしき怪物」]だ。破廉恥な天才だ。だが、僕は、あの男が総監の所謂『或るお方』なる婦人に裏をかかれて、あの名刺差の中へ僕の入れて来た手紙を開けてみなければならなくなった時、彼がどう思うかということを、はっきり知りたくてたまらないね。」
「どうして? 君は何か変ったものでもその中へ入れて来たのかい?」
「なあに、――中を白紙のままにしておくのはあんまりよくないだろうと思ったのさ、――そいつぁ礼を失するだろうからな。D――は以前ウィンナで僕にひどい仕打をしたことがある。それに対して僕は極く機嫌よく、この怨みは忘れないぞと言ってやった。だから、彼も自分に一杯喰わせた人間が誰だか知りたく思うにきまっているだろうから、手懸りを与えないのは可哀そうだと僕は考えたんだ。彼は僕の筆蹟をよく知っている。で僕は白紙の真中にこう書いておいたよ、――
『――Un dessein si funeste,
S’il n’est digne d’Atree, est digne de Thyeste.』
[訳註:――かかる惨ましきたくらみは、
よしアトレにふさはしからずとも、ティエストにこそふさはしけれ。]
とね。これはクレビヨン[訳註:Crebillon。フランスの悲劇詩人]の『アトレ』の中にある文句なんだ。」
表記は新字新仮名に改めた。取り敢えず筆写(鍵写?)するだけで手一杯である。とてもじゃないが、推敲……じゃなくて校正する気力は無い。抑も、他人様(ひとさま)の創作物(訳文含む)を「推敲」する訳にはいかない。ワインガルトナーじゃあるまいし。
なお、映画『熱砂の秘密(Five Graves to Cairo)』との類似点は、小説の途中に出て来る具体的なアイディアである。映画の原題で推測出来るかも知れない。「心理的な盲点」と言う意味では本筋のアイディアとも共通しているが。兵站(logistics)がポイントと言う点では前述の通り『バルジ大作戦(Battle of Bulge)』と同じ。
改めて気付いたのは「顔の表情を真似すれば相手の考えている事がわかる」と言う場面。そんなことを言えば、日本最高のメンタリストは「コロッケ」か? 彼の場合「顔面模写」と言うより「形態デフォルメ」だが。それでも、アニメの「8マン」や「怪物くん」の足許にも及ばないだろう。まあ、8歳の子供同士で「おはじきの数当てゲーム」をする際に限っては、ある程度有効かも知れない。少くともデュパンは相手の思考をトレースしただけで顔真似はしていない。もしデュパン物第1作「モルグ街の殺人(the Murders in the Rue Morgue)」(1841年)で犯人の顔真似をしていたら、それはそれで面白かったかも知れない……別の意味で。
西遊記 2 ― 2022年03月20日
二 さとりの道の修業
さて美猴王(びこうおう)は、孫悟空という姓名をいただき、兄弟子(あにでし)たちにもひき合わされて、その夜は洞内(どうない)の一番すみっこに、寝床(ねどこ)をつくってねた。
つぎの朝からは、門弟(もんてい)たちといっしょに、ことばや礼法(れいほう)や、字をならい、また香(こう)をたいたり、庭をはいたり、あるいはまた畑をたがやし、薪(まき)をとり、水をはこんだりして、なに不自由なく暮らしていたが、そのうちにこの三星洞(さんせいどう)で、思わず六,七年もすごしてしまった。
ある日のこと、祖師(そし)が弟子たちをあつめて、さまざまの道や法(編訳者註:ここでは仙道のさとりや秘術)を説(と)きあかしているとき、悟空もすみっこの席から拝聴(はいちょう)していたが、いろいろとさとるところがあり、心たのしくてたまらず、ほとんど手をふり足をあげて、おどりださんばかりであった。とたちまち師(し)の目にとまり、祖師は悟空にむかって申された。
「そちはわが席に列(れっ)しながら、なぜさようにさわいでいるのじゃ。」
「はい、わたくしは、お師匠さまのねんごろのみ教(おし)えが、あまりに神妙(しんみょう)でございますので、よろこびにたえず、思わずしらず、おどりあがったのでございます。」
「そちはすでに、要所(ようしょ)を会得(えとく)したと申すが、わが洞中(どうちゅう)にまいってから、いく年になるか。」
「わたくしはまだ、年月(ねんげつ)のかぞえかたも、わきまえません、が、ただ山の桃が毎年熟(じゅく)して、七(なな)たびたべあきたことだけを、おぼえておりまする。」
「あの山は爛桃山(らんとうざん)と申すが、そちが七たび食(く)らったと申すと。七年たったわけじゃ。さてそちはこれから、どういう道をまなびたいか。」
「もしいささかたりとも、神仙(しんせん)の道に縁(えん)がございましたら、その道をまなびとうぞんじます。」
そこで祖師は、もろもろの道や術(じゅつ)をあげて説明し、どの道術(どうじゅつ)をまなびたいかとたずねた。が、それらの道術が、不老不死(ふろうふし)をえられないものだときくと、どれもきらって悟空はまなぼうとはしない。と祖師は大いにいかって、戒尺(かいじゃく)[編訳者註:いましめのむち]を悟空にさしつけて、
「なんじサルのぶんざいとして、これはいやじゃ、あれはいやじゃと申すか!」と、悟空の頭(かしら)を三(み)たび打ち、手を背中(せなか)にまわして、奥へはいり扉をしめてしまわれた。このなりゆきに、満座(まんざ)の弟子たちは、驚(おどろ)くやら恨(うら)むやら、
「この悪ザルめ、なんて無礼(ぶれい)なやつだ!」
「とうとうお師匠さまをおこらしてしまやがった。」
「このぶんでは、いつお出ましになるかも、わかりゃしない!」と、さんざん悪態(あくたい)をついたが、悟空はすこしも気にかけず、満面(まんめん)に微笑(ほほえみ)をさえたたえていた。それというのが、悟空は秘中(ひちゅう)の秘(ひ)のなぞをといて、ひそかに自信をもって、待ちのぞんでいたことがあったからである。それは――師が三たびかれを打ったのは、三更(さんこう)[編訳者註:夜の十二時から二時まで]を意味し、手を背にまわして奥に入(はい)ったのは、うら門より進み入れば、秘伝をさずけようとのなぞに解(と)いたからである。
悟空は、その夜はまんじりともせず、子(ね)の刻(こく)[編訳者註:夜の十二時の前後]とおぼしいころ、そっと起きて衣服をまとい、いったん表門(おもてもん)から出て、うらへまわってみると、門はなかばあいている。
――やはりお師匠さまは、わしに、道をさずけようとの、おぼしめしらしい。……とよろこんで、門をはいり、師の寝台(しんだい)の下まですすむと、師はむこうむきになって、ねむっていられる。悟空は寝台のまえにうずくまって待っていた。
ほどなく目をさまされ、悟空に気がつくと、師は起きあがって衣服をつけ、どっかとすわると、声もはげしく、
「このサルめが! そちはこの奥の間(ま)に、なにをしにまいったか!」
「お師匠さま、きのうお講話(こうわ)のせつ、わたくしめに、三更の刻、後門(こうもん)よりまいれば、道の理(ことわり)を教えてとらすとのことに、うけたまわりましたので、おそれをもはばからず、参上(さんじょう)いたしたのでございます。」
師はこれをきいて、心のうちで、
――こやつめ、はたしてわが秘中のなぞを、打ちやぶったわい!……と、よろこんでいられると、悟空はつづけていった。
「なにとぞ大慈(だいじ)をたれたまい、わたくしめに長生(ちょうせい)の術をさずけたまわらば、ながくご恩はわすれはいたしません。」
「そちが道に縁(えん)のあるのは、わしもうれしく思うぞよ。すでに秘中のなぞを解(と)いたうえは、近(ちこ)うよってよくきけ、これより長生の秘法(ひほう)をさずけてつかわそう。」
悟空は、はっと頭を地につけ、心の耳をすまして、台下(だいか)にひざまずいた。祖師はそこで、口訣(くけつ)[編訳者註:口からうつす秘伝]を悟空に伝授(でんじゅ)した。と、悟空はきゅうに精神がさわやかになるのをおぼえ、心をかたむけて口訣をそらでおぼえた。そして師を拝(はい)して深恩(しんおん)を謝(しゃ)し、またまわり道して、前門(ぜんもん)からそっと寝処(しんじょ)にはいると、わざと寝床(ねどこ)をゆすぶっていった。
「夜が明けたぞお! さあ、起きよう!」
が、大ぜいの弟子たちは、まだ夢のさなかで、悟空が秘法をさずかったことには、だれも気がつかないようすだった。
その後三か年間に、師はまた七十と二通りの変化(へんげ)の術を、悟空にさずけたが、悟空の性質は一を知れば百に通(つう)ずるほどで、ならえばならうで修練(しゅうれん)して、つぎつぎとすっかりおぼえてしまった。ある日のこと、洞前(どうぜん)で夕日をながめていると、師がいわれた。
「悟空よ、修業(しゅぎょう)の功(こう)はつめたか。」
「おかげをもちまして、修業の功もつみ、もはや空とぶこともできまする。」
「ではためしに、とんで見せよ。」
悟空はとくいになって、足をふんばり、もんどりうって地上をはなれること五,六丈(じょう)、雲をふんで空中をかけまわったが、とうてい三里[編訳者註:中国の一里は三分の二キロメートル]にもみたず、すぐ目のまえに落ちて敬礼(けいれい)し、
「お師匠さま、これが『飛昇騰雲(ひしょうとううん)の術』[編訳者註:騰雲とは雲にのぼる意味]でございます。」
師はわらって、
「それでは雲にのぼったとは申せまい。まず雲を這(は)った程度じゃな。」
悟空はすかさず頭をさげて、
「ものごとは、やりとげてこそよけれ、と申しますが、このうえとも、『騰雲(とううん)の法』をおさずけくださらば、ありがたいしあわせにぞんじます。」
「およそ、諸仙(しょせん)の雲にのぼるのをみるに、みな足をけって飛行(ひぎょう)するのであるが、そちはそうはいたさず、足をふんばってもんどりうってのぼったが、いまわしはそちに適(てき)した、『觔斗雲(きんとうん)の法』[編訳者註:觔斗とはもんどりうつこと]をさずけてつかわそう。」
師はそこで、口訣をさずけて申されるには、
「この雲にのぼるの法は、秘法をおこない、咒文(じゅもん)をとなえ、こぶしをかたくとじて、ひとたび身をひるがえしてとべば、ひととびに十万八千里をいくものであるぞ!」
悟空はうれしくてたまらず、さっそく心をしずめ、法をねって、はやくも觔斗雲の法を会得してしまった。
その後、ある夏の日、門弟(もんてい)たちが松の下かげで討論しているとき、大ぜいのものがいった。
「悟空君(ごくうくん)、このあいだお師匠さまが、きみに変化(へんげ)の法をさずけられたが、みな会得できたかね。」
「まあね。」悟空はわらっていった。「みんなお師匠さまのおかげだよ。」
「じゃあ、ちょうどよい。いまここで術をつかって、われわれにみせてくれないかね。」
悟空はちょっと得意(とくい)になり、自信たっぷりに、
「では諸君! 題(だい)を出してくれたまえ、なにに化けてよいか。」
「じゃあ、松の木に化けてみたまえ。」
そこで悟空は秘法をおこない、咒文をとなえて、ぶるぶるっと身をふるわすと、たちまち一本の松の木に変(へん)じた。大ぜいの者は手をうって、
「ようよう! えらいぞサル君!」とはやしたてて、大さわぎをしていると、祖師はなにごとかとおどろき、杖をついてあらわれて、
「おまえたちは、大声でがやがやとさわぎ、まるで修業中の人間らしくもない!」と、しかりつけられると、大ぜいのものはいった。
「じつはただ今、悟空が変化の法をこころみ、みごとに松の木に化けましたので、わたくしどもはやんやと喝采(かっさい)いたし、思わず高声(こうせい)をたて、お師匠さまのお耳にはいり、なんとも相(あい)すみません。」と、わびると、祖師はきゅうに、
「なんじらは、あちらへゆけ!」といわれ、悟空だけをよんで、
「さて悟空、そちに問うが、どういう心だけで、松の木などに変じたのか。かかることを、人前(ひとまえ)で見せびらかしてよいものか。人には欲(よく)もありうらみもある。他人(たにん)が、そちが術を知っているのをみれば、きっとそちに教えをもとめるにちがいない。そのとき、そちがもし災(わざわい)をさけようとすれば、他人につたえねばならぬし、もちつたえなければ、かならずや害(がい)せられて、そちの命もあぶなかろうぞ!」
「お師匠さま、どうぞおゆるしください。」
「わしはなにも、そちを罪(つみ)しようとはせぬ。が、こうなるうえは、そちはここを去るより致(いた)しかたがあるまい。」
悟空はこれをきくと、目にいっぱい涙をためて、
「お師匠さま、どこへ去りましてよろしいやら、どうぞお教えください。」
「『天道(てんどう)かえるを好む』と申すことがある。」と、師が一喝(いっかつ)せられると、悟空は、はっとさとったらしく、
「わたくしは、花果山(かかざん)、水簾洞(すいれんどう)よりまいりしもの、では花果山へかえりまする。」
「はやく去れ! そして生命(せいめい)をまっとうせい! ここにおっては、だんじてよくはないからのう!」
悟空はおそれいって、
「もったいなや、ああ、わたくしはただ、お師匠さまの大恩(だいおん)に、なんのおむくいもいたさぬことを思えば去りづろうございます。」
「なんの恩義(おんぎ)ぞ!……しかそちがいま去れば、さだめて一生のうちには、よからぬことどもをしでかすであろう。が、どんな災(わざわい)をひきおこすとも、わが弟子なりと、かならず、わが名を明かしてはならぬぞ!」
「はい、けっして御名(みな)は明かしません。ただひとりで、自修自得(じしゅうじとく)したことにいたします。」
悟空は師に礼をいっていとまごいをし、門弟(もんてい)たちにもそれぞれ別れをつげて、ひらりと觔斗雲にのると、東海(とうかい)をさしていそいだ。と、みるみる下方(かほう)に、花果山がみえてくる。かれは雲の上にすわって、故郷(こきょう)の景色(けしき)をながめ、ああ、ゆかいだ! と思うまもなく、サルどもの悲痛ななき声(ごえ)がきこえてくる。かれはあわてて雲を下降(かこう)させ、
「みなのもの、わしは帰ってきたぞ!」と、さけぶと、大(おお)ザルや小(こ)ザルがぞろぞろと出てきて、悟空をまんなかにとりまき、おじぎをするや、
「大王さまはのんきにも、どうしてこんなにひさしくお帰りがなかったのです。わたくしどもはどんなにお待ちしていたか知れません。……近ごろある魔物(まもの)が、ここへやって来て、われわれをいじめ、この水簾洞をも占領しようとしております。もしも大王さまのお帰りが、もちっとおそかったら、この洞府(どうふ)も、すっかり魔物の手にわたっているところでした。」
悟空は、大いにおこって、
「うーむ、なにやつだ! そんな無礼(ぶれい)をはたらくやつは。」
「そやつは混世魔王(こんせいまおう)といいまして、この真北(まきた)に住んでおります。が、おしよせてくるときには、雲をおこし、雨風(あめかぜ)や雷(かみなり)までともないますので、くわしいことはわかりかねます。」
「さようか、もうおまえたちはおそれることはない。わしがひと走りいって、かたづけてくるから。」
悟空はいさみたって、身をゆすっておどりあがり、ひととびぽーんと北にとぶと、はや下(した)にけわしいひとつの高山(こうざん)が見えてきた。ようすをうかがうと、むこうのがけのまえに、水臓洞(すいぞうどう)という洞穴(ほらあな)があり、洞門(どうもん)のまえには手下(てした)どもがあそんでいる。悟空の姿をみると、ばらばらっと逃げだすのを、悟空はよびとめて、
「ちょっと待って、よくうけたまわれ! おれは花果山水簾洞のあるじだが、なんじらの、混世なんとかぬかす化けものが、たびたびおれの子どもをいじめるので、おれがわざわざ勝負に出むいたと、しかと申せ!」
これをきくと、手下どもはあわてふためき、洞内にかけ入(い)って注進(ちゅうしん)した。
「大王さま、たいへんでございます! おもてにサル面(めん)のものがきて、花果山水簾洞のあるじだと申し、大王さまに勝負をいどんでおります。」
魔王はからからとわらって、
「ははん、修業(しゅぎょう)に出ていたとかの、やっこさんが帰ってきたのだな。して、そやつのいでたちはどうだ。どんな武器をもっているか。」
「そやつは赤い着物をき、黄色い縄(なわ)の帯をしめ、黒い靴をはいたところは、坊主(ぼうず)でもなし、俗人(ぞくじん)でもなし、また道士(どうし)らしくもなく、ただ手には『えもの』ひとつもたず、門外(もんがい)でわめいています。」
魔王はこれをきくと、手下に命じて、よろいかぶとを着用し、手に大刀(だいとう)をひっさげ、門からおどり出してさけんだ。
「水簾洞のあるじとは、なにやつなるぞ!」
悟空がみれば、かの魔王は、身の丈(たけ)三丈(さんじょう)にもあまり、きらきらしたひとふりの剣(つるぎ)を手にしている。悟空もどなりかえして、
「この化けものめ! そんな大きな目をして、このおれの姿がみえないのか!」
悟空が目にとまると、魔王はわらいだして、
「なんじは身の丈四尺(ししゃく)にもみたず、三十にもならぬ小童(こわっぱ)のぶんざいにて、そのうえ武器をももたず、勝負をいどむとは、身のほどしらぬ気ちがいめ!」
悟空はこぶしをふるって、
「このしれものめ! なんじは、おれが武器をもたないとあなどるが、おれのこの双(そう)の手は、天上(てんじょう)の月でさえとらえることができるのだぞ。いざ、わがこのこぶしをうけてみよ!」と、おどりあがって、まっこうより打ってかかると、魔王は「おう」とうけて、もったいぶってほざいた。
「このちび助(すけ)くん、この大きなおれが、素手(すで)のおまえに、刀をもって勝ったところで、おわらい草(ぐさ)だ。さあおれもえものをすて、なんじと引(ひ)っ組(く)んでくれるぞ!」
「よくもほざいたな。さあ、来(き)たれ!」
魔王もようやく本気となり、どっと打ってかかれば、悟空も突進(とっしん)し、ふたりはこぶしをふるい、足をけあげ、しきりにもみあっていたが、魔王は進退(しんたい)かけひきに、とかく大身(おおみ)をもてあましていたところ、すばやく悟空に打ち込まれ、今はあやうくみえたので、そのくろがねの太刀(たち)を押(お)っ取(と)り、悟空を望(のぞ)んでまっぷたつときりこんで来た。悟空はひらりと身をかわし、いちどは空(くう)をうたせたが、こやつ手ごわいぞと、さっそく「身外身(しんがいしん)の法」をもって、ひとつかみの毛をぬいて、口中(こうちゅう)でかみくだき、空にむかってぷっとふき、「変(かわ)れ!」と一声(ひとこえ)さけべば、たちまち二,三百ぴきの小(こ)ザルとなって、魔王の周囲(しゅうい)をひしひしとかこむ。――がんらい、悟空が道術(どうじゅつ)をえてからは、身上(しんじょう)八万四千本の毛は、その一本一本が小ザルと変(へん)じ、しかも不死身(ふじみ)の能(のう)をもっていたが――いまやかれらは前後より、勇躍(ゆうやく)して魔王をおそい、組みついてつくやら、引っぱるやら、けるやら、むしるやら、足をすくうやら、また目をひっかくものがあれば、はなの孔(あな)をおさえるものもあり、とうとうもみくちゃにしてしまった。悟空はそこで魔王から刀をうばって、魔王を一刀両断(いっとうりょうだん)し、それより小ザルをひきいて、洞内(どうない)にさっとうし、大小の化けものどもをみな殺しにしてしまった。そして小ザルになっていた毛をあつめて、ふたたび身上(しんじょう)へ返したが、まだそこらあたりに、ぴょこぴょこと、小ザルどもが残っている。悟空はけげんな顔をしていった。
「おお、おまえたちは、どうしたのだ。」
すると三、四十ぴきの小ザルどもは、涙(なみだ)ながらにうったえるのだった。
「わたしどもは、大王さまがお留守(るす)のあいだに、ここの魔王にさらわれて、とりことなったものでございます。」
「おう、そうか、そんならわしといっしょに帰れ。おまえたちがつれてこられたときには、どうして来たのだ。」
「はい、そのときには、ただ耳にブウンと風音(かざおと)をきき、空とぶ心地(ここち)がいたしましただけで、来た道にはまったくおぼえはございません。」
「さては、かやつも法術(ほうじゅつ)をつかったのだな。よし、よし。いまわしもつかうから、おまえたちは目をつぶって、じっとしておれ!」と悟空はいって、咒文(じゅもん)をとなえ、一陣(いちじん)の狂風(きょうふう)をおこして、小ザルどもをはこんでいって、いった。「おまえたち、もう目をひらいてもよいぞ!」
大勢(おおぜい)のサルが、ぴょんとつまさきを地につけてみると、もうそこがわが家だったので、みなみな大(おお)よろこび。そこへ洞内(どうない)からも、家の子がいっせいにおし出してきたので、さっそくそこで戦勝祝賀会(せんしょうしゅくがかい)がひらかれた。悟空が魔王征伐(せいばつ)のてんまつを、くわしく話してきかせると、サルどもは大(おお)いに感心していった。
「大王(だいおう)さまは、いずこへまいられ、そんなすばらしい腕前(うでまえ)をおみがきになったのですか。」
そこで悟空が――東洋大海(とうようたいかい)に船出してから、南贍部州(なんせんぶしゅう)につき、ほうぼうをさまよい歩(ある)いたあげく、ついに西牛賀州(せいぎゅうがしゅう)にたどりついて、さいわいにもあるえらい師匠(ししょう)にあい、不老長生(ふろうちょうせい)の法をさずかったことを話し、最後に大にこにこでいった。
「おまえたちもよろこんでくれ。おれたち一門(いちもん)は、みな姓(せい)ができたんだぞ!」
「大王さまの姓は、なんと申しあげますか。」
「わしは姓を孫(そん)、法名(ほうみょう)は悟空と申すのだ。」
これをきくと、一同は手をうってよろこびあい、
「では大王さまは老孫(ろうそん)で、われわれもみな、二孫(にそん)、三孫(さんそん)、細孫(さいそん)、小孫(しょうそん)――で、一家も孫(そん)なら、一国も孫(そん)。すっかりこっかりみな孫(そん)だあ!」と、みんな大はしゃぎで、一家こぞってよろこびあった。
そう言えば、全訳版では毎回漢詩(?)があるが、子供向けの抄訳なので省いたようだ。
例によって画像をアップする。何処まで行けば「表示不能」となるか少し面白くなってきた。「安全安心なロシアン・ルーレット」みたいな感じである。

「安全」でも無く、従って「安心」も出来ないロシアン・ルーレットに関しては、映画『ディア・ハンター(The Deer Hunter)』(1978年)を。
監督:マイケル・チミノ(Michael Cimino)。出演:ロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro)、クリストファー・ウォーケン(Christopher Walken)、メリル・ストリープ(Meryl Streep)他。
しかし、いつの時代も人は(猿も)不老長寿(長生)を求めるもののようだ。地球人ばかりでは無い。ヴァルカン人の挨拶も「Live long and prosper」である。
・余談(と言って良いかどうか)
「Patriotism is the last refuge of a scoundrel.」
『サミュエル・ジョンスン伝(Life of Samuel Johnson)』(1791年)。ジェイムズ・ボズウェル(1740年-1795年)著。1775年4月7日の記述より。
所謂「出典が明かな名言」の一つ。
「『愛国心』とは与太者にとって最後の逃げ場所」といった感じだろうか。「refuge」は「他人に対する言い掛り」では無く「自分弁護の為の言い訳」だろう。
そう言えば、ソルジェニーツィンを庇った(?)せいで、ムスティフラフ・「スラーヴァ」・ロストロポーヴィチは米国へ亡命する羽目になったらしい。