続・第八十段の訳 ― 2022年03月13日
「マイダス王がロバの耳をもったわけ」
マイダス王は、彼の触手黄金化力で奇妙な経験の後は、もはや自分の宝物箱の中のものを気にしないで、それを埃と蜘蛛にまかせてしまい、原っぱへ出ていってパンについてまわった。
パンは羊群の神、羊飼と田舎の人々との友であった。彼は洞穴の中にすんでいた。そしてその洞穴はマイダスの宮殿から遠くない山の中にあった。彼は時々、彼の笛を吹いているところ、或いは森のニンフたちと踊っているところを見られた。彼は山羊のような角と脚と、柔毛が生えてとがった耳をもっていた。
パンは陽気で、無頓着で、のん気な種類の神であった。そして彼が腰掛けて自分の笛――彼自身がこしらえた――を吹いていると、その音楽がとても陽気にぶくぶく涌いて出たので、それがニンフたちを踊りださせ、鳥たちを鳴きださせた。
マイダス王は、パンの笛の音(ね)を聴くと、いつも自分が王であることも、彼が何の心配をもっていることも忘れるのであった。彼は太陽の暖かさを感じ、山の甘やかな空気を呼吸することで満足した。
ある日パンはニンフたちに向って、冗談をいうようにして、自分の笛の音楽はアポロの竪琴の音楽より上手だと自慢した。ニンフたちは笑った、そして彼とアポロは、山の神ツモラスを審判者にして、共に奏楽すべきだと云った。パンは自分はアポロの業に対して自分の業をためしてみる覚悟ができていると云った。ツモラスは審判者になることに同意した。そこで或る日がその協議のために指定された。
アポロは彼の竪琴をもってきた。彼は頭に月桂樹の冠をいただいて、地面に引摺る華美な紫の衣物を着ていた。美しい楽器であった彼の竪琴は金で拵(こしら)えられていた、そして象牙や宝石がはめこんであった。これは、手軽に継ぎ合せた虚(うつろ)の藁七本で出来ていたパンの笛を、ひどく単純で粗野に見えさせた。
アポロとパンの両者が奏楽しはじめた。ツモラスは傾聴するためにアポロの方を向いた、すると彼の樹木がみんな彼と一緒にふりむいた。彼等が長く奏楽しないうちに、山の神はパンを止めて云った、「君は君の単純な笛がアポロの素晴らしい竪琴と比較することはできないことを知っているにちがいない。」
パンはこれを善意にとった。彼はこの競技はただの冗談だったことをさとった。ニンフたちと羊飼たちは彼等の友に不利な決定を軽く扱ったのに、竪琴を鑑賞することができないで、笛の音楽がまさに気に入っていたマイダスは、とびあがって叫びだした、「これは不正だ! パンの音楽はアポロの音楽よりもいい!」
これをきいて、アポロをのぞくみんなが笑った。アポロは怒っていた。彼はひどく未熟な聞きかたをしたにちがいないマイダスの耳をきつく見た。だしぬけにマイダス王は自分の耳が長くなり毛むくじゃらになるのを感じた。彼はぴしゃりと音をたてて両手で耳を覆った、そして近くの泉へかけていった、そしてそこで彼は自分を見ることができた。彼の耳はロバの耳に変えられていた。
そこでマイダスはもう一度自分の愚かさのために神々に罰せられた。彼はそういう長い毛むくじゃらの耳をひどく恥じた、それでその後はいつも耳をかくすために大きい紫のターバンをつけていた。
ある日宮廷の理髪師が、マイダスの髪を刈っていた時に、この王の秘密を発見した、そしてあんまり驚いたので彼の鋏を大きいカタカタという音をたてて床へとりおとした。彼はもし自分が見たことをしゃべりでもしたら、自分の首を失うかもしれぬことをさとった。そこで彼はどの人間にも一言(ひとこと)も言わなかった、しかし或る日、心の重荷をおろすために、彼は淋しい場所へいって、地面に孔を掘り、自分が前に見たことを大地にささやいた。それから彼は土をもとへかえし、そうしてその秘密をかくした。
しかし一つの秘密が一度語られた後では、それをかくすことはあまり容易ではない。一年ほど後、数本の葦がその場帆に生えた。南風が吹いた時、その葦たちが終日ささやきあい、お互いに、マイダス王は彼のターバンの下にロバの耳をもっていると告げあった。そこでこの秘密はひろくひろがった。
山本政喜訳。
妙に直訳体と言うか逐語訳体と言うか、生硬な訳文と思われるだろう。学生向けの英和対訳テクストである。であるから、英文と訳文が単語レヴェルで対応するよう工夫している。「読むための文章」にしていない。原文のテクストも訳者がアダプトした物を用いている。
訳者の名誉のために附記すると、訳者は複数の大学で教鞭を執り、多くの翻訳を手掛けたプロの翻訳家でもあった。「読むための翻訳」も多数ある、念の為。
そこから何となくの連想。
"I was thinking about people," said Polynesia. "People make me sick. They think they're so wonderful. The world has been going on now for thousands of years, hasn't it? And the only thing in animal language that PEOPLE have learned to understand is that when a dog wags his tail he means 'I'm glad!'--It's funny, isn't it? You are the very first man to talk like us. Oh, sometimes people annoy me dreadfully--such airs they put on--talking about 'the dumb animals.' DUMB!--Huh! Why I knew a macaw once who could say 'Good morning!' in seven different ways without once opening his mouth. He could talk every language--and Greek. An old professor with a gray beard bought him. But he didn't stay. He said the old man didn't talk Greek right, and he couldn't stand listening to him teach the language wrong. I often wonder what's become of him. That bird knew more geography than people will ever know.--PEOPLE, Golly! I suppose if people ever learn to fly--like any common hedge-sparrow--we shall never hear the end of it!"
ヒュー・ロフティング(Hugh Lofting、1886年-1947年)『The Story of Doctor Dolittle』(1920年)第2章末尾近く。文中にあるとおりポリネシアの台詞。
岩波版の訳題は『ドリトル先生アフリカゆき』、角川版は『ドリトル先生アフリカへ行く』。
正式な書名は『The Story of Doctor Dolittle, being the history of his peculiar life at home and astonishing adventures in foreign parts』だそうだ。翻訳と出会って半世紀にもなって初めて知った。幾つになっても新しい学びがあるものだ。「日々に新たなり」である……少し意味が違う気もするが。
どうも英国の(欧州の?)作家は長い作品名を好むようだ。『ガリヴァー旅行記』もかなり長い。パターンとしては『life and adventures of 主人公』とか『life and times of 主人公』とか言うのが多い。
何だか取留めの無い話になった。自分のウェブ対数……じゃなくてブログだから別にかまわないが。
この「ウェブ対数」と言うギャグはアシモフのエッセイからパクった。亡きアシモフ先生にお詫びする。博士号の取得者を「先生」呼ばわりしても揶揄には当るまい。今頃「天にまします偉大なタイプライター(後年はワード・プロセッサーだったらしい)」の下で、相も変らずせっせとキーボードを叩いていると思うが。まあ、共にメンサ会員同士であった友人A・C・クラーク(Sir Arthur Charles Clarke、1917年-2008年)から「世界中の森林を印刷用のパルプにするつもりか」とからかわれる恐れはあるまい。