人は何で生きるか 22022年08月07日

    二

 セミョーンがそばへ寄って、よくよく見ると、まだ若い男で、力もありそうだし、からだに打ち身のあともありません。ただ見たところ、すっかりこごえて、おびえきっているようすです。からだをもたせてすわったまま、セミョーンのほうを見ようともしません。どうやら弱りきって、目を上げることさえできないふうです。セミョーンがぴったりそばへ寄ると、男は気がついて、首をふりむけ、目を見ひらき、セミョーンをながめました。その目つきで、セミョーンは男がすっかり気に入りました。で、フェルトの長靴を地べたへほうりだして、帯をほどき、その帯を長靴の上に置いて、長外套をぬぎました。
「ぐずぐずいうことはない! まあ、これを着たらいいだろう! さあ!」
 セミョーンは男のひじを取って、起こしにかかりました。男は立ちあがりました。見ると、ほっそりしたきれいなからだをして、手も足も荒れていず、かわいい顔をしています。セミョーンはその肩に長外套を着せかけてやりましたが、手がそでに通りません。セミョーンは両手を通してやり、ほうぼうちゃんとひっぱって、前を合わせ、帯をしめてやりました。
 セミョーンは破れ帽子も脱いで、裸男にかぶらせようとしましたが、頭が寒くなったので『おれは頭がまるはげだが、この男はふさふさした長い毛をしている』と考えて、また帽子をかぶりました。
『それより、この男に長靴をはかしてやろう』
 で、男をすわらせて、フェルトの長靴をはかせました。
「さあ、これでよしと。さあ、今度はからだを動かして、暖まりなさい。こちゃこちゃしたことは、おれが心配せんでも、人がさばいてくれるだろうよ。おまえ歩けるかい?」
 男は、じっと立って、感激したようにセミョーンの顔を見ていましたが、口はまるできけないのです。
「どうして物をいわないのだね? こんなとこで、冬ごもりするわけにもいくまい。家へ帰らなくちゃ。さあ、ここにおれの杖がある、からだが弱ってるなら、これにすがりなさい。さあ、動いた動いた!」
 すると、男は歩きだしました。しかも、らくらくと歩いて、少しも遅れません。
 二人が道を歩きだしたとき、セミョーンがいいました。
「おまえはいったいどこの人間だい?」
「私はここの人間じゃありません」
「ここの者なら、おれはみんな知っている。いったいどうしてこんな所へ来たのだい、辻堂のかげなんかに?」
「それはいうわけにはいきません」
「きっとだれかにひどいことをされたんだろうな?」
「私はだれにもひどいことなんかされません。私は神様の罰を受けたのです」
「そりゃ、何もかも神様のおぼしめしにきまってるさ。それにしても、どこかへ身を寄せなくちゃならないだろう。おまえはどこへ行くんだい?」
「どこだって同じことです」
 セミョーンはびっくりしました。見たところあばれものらしくもないし、ことばも物やわらかなのですが、自分のことを話そうとしません。セミョーンは心の中で『そりゃ世の中にはどんなことだってあるさ』と思って、男にいいました。
「どうだね、おれのうちへ来たら? いくらかでも暖まって、人ごこちがつくだろうよ」
 セミョーンはわが家へ近づきました。見知らぬ男は一足も離れずにならんで来ます。風が起こってセミョーンのルバーシカの下にしみこんできました。だんだん酔いがさめて、寒くなってきたのです。セミョーンは鼻をすすりながら歩き、着ている女房の内着の前をかき合わせて、
『いやはや、たいへんな毛皮外套だ。毛皮外套をつくりに行って、長外套もなしに帰って来てさ、おまけに裸男までひっぱって来るんだからなあ。さぞ、マトリョーナが怒ることだろうて!』と考えました。
 マトリョーナのことを思いだすとセミョーンは気がふさいできました。ところが、ふと見知らぬ男を見ると、辻堂のかげで、この男をはじめて見たときのことを思いだして、気がうきうきとしてくるのでした。

第百三十二段2022年08月07日

立秋。


とは言え、「秋は名のみの風の暑さや」ではあるが。

「Autumn in New York」を挙げたかったが、作曲者ヴァーノン・デューク(Vernon Duke)の著作権存続のため断念。