日本国憲法第二四条 ― 2022年08月06日
第二四条 ① 婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
・以下の如く変えれば済む。
「性」→「者」、「夫婦」→「双方」。
簡単で、国際的な軋轢を生ずる恐れも無く、誰も損害を蒙らない。
河畔の悲劇 28 ― 2022年08月06日
二八、隠れ家
ルコックの急ぐときは、その歩(あし)の早いことは驚歎に値(あたい)する。
殆ど駈け足の速度で、ノオトル・ダーム・ド・ロレット街を下手(しもて)の方へぐんぐん有り体ゆくと、プランタさんは呼吸(いき)を喘(はず)ませながら、漸(やっ)とのことでその後を追っかけていた。
やがて広小路を突っ切って、マアチル街の角の酒場へ入って行った。と、そこのだだっ広(ぴろ)い室(へや)に、思い思い服装(なり)をして、酒を飲みながら花牌(かるた)をひいていた十人ほどの男が、ルコックとプランタさんの姿を見ると、一斉に起(た)ちあがって帽子をとった。それは部下の刑事達であったのだ。
「ジョッブ、もう来ているのか。なかなか敏活だな。」
とルコックが、主立(おもだ)った者に声をかけた。
ジョッブは嬉しそうにお辞儀をした。この偉い首領から一声でも讃(ほ)められるということは、無上の光栄であるらしかった。
「人数はこれで沢山だが、待てよ、家具屋を調べに行った者の報告によって、手筈をきめなければならん。」
と、家具屋廻りをやった三人の方へ問いかけた。
「成功したのは誰だい。」
「私でございます。」
と答えて前へ出たのは、チョビ髭をつけた、顔色(いろ)の白い、パロオという男であった。
「ははあ、またパロオか。運のいい男だな――此室(こっち)へ来い。」
プランタさんと二人で、パロオ刑事をつれて、隣りの狭い室の方へ行った。
「さア話してくれ――簡単に。」
そこでパロオの語りだしたところによれば、彼は方々の家具屋に例の写真を見せて歩いたけれど、知らないという者ばかりで悲観したが、サン・ペール街のレックという店へ行くと、初めてその写真に見覚えがあるといった。
「家具屋の話では、その客は一ケ月前に店へ来て、客間や、食堂や、寝台などの装飾家具一切をまとめて註文して、値切らない代り、三週間目までに、それらの家具を整えて室々に飾りつけ、絨毯や窓幕(カーテン)の取付けまで一切を店の者がやってくれという頼みだったそうです。その三週目というのは、今週の月曜にあたります。」
「その家具代の総計は幾らだい。」
「一万八千法(フラン)で、半額は註文した日に前金で渡して、あとの半額は据付けを終った日に店へとどけたそうです。」
「その金は誰がとどけたんだ。」
「女中が使いに来たそうです。」
「その客の姓名(なまえ)は?」
「ジェムズ・ウィルスンという英吉利(イギリス)人の姓名だが、店の主人は、どうも英吉利人らしくない人であったといっていました。」
「その家具をとどけた先は何処だ。」
「サン・ラザール街三十四番地の、小じんまりとした住宅です。」
ルコックは凱旋将軍のように、顔が輝いて来た。彼はプランタさんの肩を軽く叩きながら、
「巧く行きましたね!」
上機嫌でそういうと、パロオ刑事は首をふって、
「ところが、まだ安心出来ません。」
「どうしてだい?」
「実は私がその家を偵察してまいりました。」
パロオ刑事が偵察にとった方法というのは、こうだ。恰度(ちょうど)そのとき衣嚢(かくし)にもっていた二十法(フラン)の金貨を、その家の前の下水に落して、門番に拾わせてくれというと、門番は気の毒がって、長い鉄火箸(かなひばし)を貸してくれた。彼はその鉄火箸でわけもなく金貨を拾いあげると、お蔭で助かったといって、巧みに門番を街へ誘いだして、一杯奢った。それでいい加減に酒が廻ると、門番は主人の噂をやりだしたが、その話によれば、主人は米国人で、召使達に用事をいいつける時だけ仏蘭西(フランス)語を使うけれど、主人夫婦は英語で談(はな)している。そして不思議なことに、夫人はしくしく泣いてばかりいるということであった。
なおそのときに、偶然に持っていたふりをして、例の写真を門番に見せると、貌(かお)だちは主人に似ているけれど、主人はこんな顎鬚(あごひげ)などははやしていない。坊さんのようにすべすべな顔だといったそうな。
「それで結構ではないか。」とルコックはますます悦に入った。「伯爵はあの兇行の晩に、顎鬚を剃りおとしたんだからな。それはいいが、家の模様はわかったか。」
「大抵わかりました。玄関はアーチになっていて、その前が前庭(にわ)で、前庭(にわ)の端(はず)れに馬車小舎(ばしゃごや)があります。アーチの左は門番の部屋、右の方は硝子戸になっていて、そこを入ると、玄関の間(ま)、それから客間、食堂とつづき、他に二つ小さい室(へや)があります。それから二階に昇(あが)れば、書斎と――」
「もういい。俺の案は出来た。」
ルコックが真先に起(た)ちあがって、前の広い室の方へ出て来ると、
「おいジョッブ君、もっと現場の近所へ陣取る必要があるから、君は皆をつれてアムステルダム街の右手の酒場へ入って、俺が呼びにやるまで、緩(ゆっ)くり夕食でも使っていてくれ。」
と、二十法(フラン)金貨を二つ渡して、
「これがその夕食代だ。」
いい残して、ルコックはプランタさんとパロオ刑事をつれて、一足先に街へ出て行った。
それから、伯爵の隠れ家を自分でも予め見ておくために、パロオの云ったサン・ラザール街三十四番地へ行ってみた。そして一目見ると、内部の模様がパロオ刑事の報告と寸分ちがわぬことを知った。
「この家なら大丈夫。」と彼はプランタさんにいった。「十中(じっちゅう)の九分通(くぶどお)りまでは成功ですよ。」
「それで何(ど)うするんですか。」
着々と最後の場面に近づきつつあるので、プランタさんはどうなることかと、気が気でないらしかった。
「仕事は日が暮れてからです。まだ二時間も間があります。このあいだに、素的(すてき)に美味いものを食べさせる料亭(うち)へ御案内して、夕食でもしたためましょうかな。」
ルコックは悠々たるものである。そしてアーブル通りのある料理店(レストラン)へ、プランタさんを案内した。
戸口を入るとき、パロオ刑事を小傍(こわき)に呼んで、
「君は今から二時間以内に、家具屋の番頭のような恰好に変装して、それが出来たら、ここへ来てくれ。」
「はい、承知しました。」
パロオ刑事は、そのまま街に姿を消した。
ルコックとプランタさんは、やがて食卓についたが、成るほどルコックがいったように、その料理店(レストラン)は素的な美味いもの屋であった。けれどプランタさんは、依然として食慾がなかった。食ったり飲んだりするよりも、これからどんな手段を取るかを聞きたがった。が、ルコックは、「安心して私にお任せなさい。」とばかりで、何も話してくれなかった。
プランタさんはスープと上等の葡萄酒を一杯飲んだだけで、あとは何も食わずに思案顔をしているので、ルコックは黙々として食事をした。彼もしかし、何事かに思い耽(ふけ)っているらしかった。そして独りで酒杯(さかずき)をあげているうち、いつの間にか葡萄酒を一壜(ひとびん)あけてしまった。
室の中が仄暗くなって、やがて灯(ひ)が入った。
「そろそろ始めたらどうでしょう。」
「まだ一時間も間がありますが、準備だけ始めましょうかな。ところで我々は、伯爵の知らぬ間に、ロオランス嬢とたった十分間(じっぷんかん)話したいんですがね。」
「そんなことは出来ますまい。伯爵は寸時(ちょっと)だって彼女のそばを離れる気づかいはないんだから。」
「ところが、巧い方法があります。」
と、ルコックは、直ぐに手紙道具を取寄せて、葉巻を喫(の)みながら、あっさりと一通の書面を認めた。
ウィルスン様――
先日家具代金として頂戴いたし候(そうろう)五百法(フラン)紙幣の内、四枚は贋造紙幣にこれ有り候。実は本日弊店取引銀行の注意により発見いたし、驚き入り申し候。ついては、今夜十時までに御光来(ごこうらい)あらば、何とか御談合(ごだんごう)致すべく候(そうら)えども、十時を相(あい)過ぎ候節(せつ)は、此儀(このぎ)検事局へ訴え申すべく候間(あいだ)、左様(さよう)御承知下されたく候。
レック
書き終えると、プランタさんに見せて、
「これは延引(のっぴき)ならない問題だから、行かずにはいられますまい。」
そういったとき、戸口にちらとパロオ刑事の姿を認めたので、
「あ、パロオがやって来ました。そろそろ出かけましょう。」
と会計を済まして、外へ出た。
パロオは真黒な口髭をつけ、鳶色(とびいろ)の長髪の仮髪(かつら)をかぶって、眉毛も濃く黒く、先刻(さっき)とはまったく別人のようになっているので、プランタさんには識別(みわけ)がつかなかった。けれどルコックは鋭い眼でじろりと睨んで、
「まずい変装だな。君等は頭髪(かみ)と髭の色さえ変えればいいと思っているから困る。眼付を変えろ。それが一等大切(だいじ)なんだ。同じ眼付で、同じ笑い方をしていては、仏(ほとけ)造って魂(たましい)入れずじゃないか。帽子が横っちょになりすぎた。衣嚢(かくし)へ突っ込んだ手つきも工夫が足りない。」
とプリプリ小言をいってから、
「しかし彼家(あすこ)の門番は見違えるだろう。それで結構々々。ところで今夜は大切(だいじ)の瀬戸際だから、確(しっ)かりやってくれ――どじを踏まないようにな。まずアムステルダム街の酒場にいる同僚の中から一人だけつれて、ウィルスンの家へ出かけるんだ。そして玄関へは君が独りで行って、大至急のお手紙だといって――この手紙を門番にわたしてくれ。それが済んだら、外で見張りをするんだ。ウィルスンはやがて出かけるにちがいないから、そのときは直ぐ同僚をここへ駆けさせろ、俺はここに待っているから。」
「そして私は?」
「君はウィルスンの後を躡(つ)けるさ。彼は多分君が発見した例の家具屋へ行くはずだが、ひょっとすると、そのまま停車場へ行って、高飛びをしないとも限らない。いずれにしても馬車に乗るにきまっているから、君も馬車で追っかけろ。もしも彼奴(きゃつ)が停車場へ行ったら、君も同じ汽車に乗って、何処(どこ)までもくっついて行って、最初に降りたところで俺に電報を打て。」
「汽車に乗るとしますと――」
「うむ、わかった。」とルコックは衣嚢(かくし)から五百法(フラン)紙幣(さつ)を一枚取りだして、「これが旅費だ。これだけあったら、大抵よかろう。」
「もしもウィルスンが停車場へ行かずに、家具屋から自分の家へ引っ返した場合は、どうしましょう?」
「そのときは、彼奴(きゃつ)が玄関へ入る瞬間に、君は呼子(よびこ)を二度鳴らしてくれ。それが我々への相図(あいず)なんだ。そして君は見張りかたがた外に待っていろ。君の馬車も、そのまま待たしておけ。」
「わかりました。」
いうより早く、パロオ刑事はアムステルダム街の方へ駆けだした。
ルコックとプランタさんは、お互いに黙りこんで、廻廊を静かにそぞろ歩きした。
今や策戦(さくせん)の急所に迫って来た。この一挙にして後の手筈がきまるわけだ。二人とも、張りきった期待で、何だか物がいえないような気持だった。恰度(ちょうど)大賭博(おおとばく)になると場が森閑(しん)として、咳(しわぶ)き一つする者もないのと同じ心理である。
と、暫く経って、一人の部下が忙(せわ)しげに駆けて来た。
「どうした。ウィルスンは出かけたか?」
とルコックは稍(やや)急きこんで問いかけた。
「はい。そしてパロオが後を躡(つ)けて行きました。」
「徒歩でか、馬車でか?」
「馬車で――」
「よろしい。君は直ぐ同僚のいる所へ行って、大急ぎで準備をしろと云え。」