せむしの小馬 22023年06月16日

火の鳥

 王さまのごてんにきてからは、イワンはおとうさんのことも、おにいさんのこともおもいださずに、のんきに馬屋(うまや)のしごとをつとめていました。イワンは、赤いぼうしや赤いふくや、ぴかぴかのくつをいくつももらって、すっかり幸福だったのです。
 ところが、このイワンの幸福をうらやんで、イワンにわるいことがあればよい、とおもっているものがいました。それは、王さまのおそばにつかえる役人で、イワンがくるまで馬屋のかしらをしていた男です。
 この役人は、イワンのはたらきぶりを、そっと、ちゅういしてみていましたが、どうやら、イワンはちっとも馬の手いれをしているようすもありません。ブラシやくしをあてるのでもなければ、おけにかいばをはこんでやるのでもありません。ところがふしぎなことには、二とうの馬はいつでも毛なみはつやつやと光っていて、まるで、たったいまくしをいれて水をつかわせたばかり、といったようすです。たてがみはきちんとあんであるし、まえがみも、いつもきれいにそろえてあります。その上、かいばおけにはあたらしいとうもろこし、それから大きな水おけには、みつをいれた水が、いつも、あふれるばかりにいれてあります。
 おそばの役人は、ふしぎでたまりません。
『なんということだろう。まるで、おばけがいたずらをしているみたいだ。よし、おれがみはっていてやろう。いざとなれば、うそをついても、あいつをおっぱらってやるんだ。王さまに、馬屋のかしらはまほうつかいで、あくまをよんできてはなかよくしています、っていいつけてやるんだ』
 おそばの役人はこうかんがえて、さっそく、馬屋へもぐりこみ、わらの中にかくれました。
 夜(よ)もふけて夜中になると、おそばの役人は、いきたここちもなく、おばけのでるのを、いまかいまかと、まっていました。
 すると、ギィーッと、とびらがあいて、馬屋がしらがはいってきました。とびらをぴったりしめて、かんぬきをかけると、イワンはぼうしをそっとぬいで、なかからハンカチにつつんだ火の鳥のはねをとりだしました。ハンカチをほどいたとたんに、ぱっと、まぶしい光が光ったので、おそばの役人はびっくりして、おもわず、あっと声をたてたほどでした。
 それでもあくまは、きがつかないで、はねを板かべにさすと、しごとにかかりました。
 おそばの役人は、ただ、おそろしさにふるえるばかりで、そのため、どんなにしても、はがカチカチとなりだしてしまうのでした。それというのも、このあくまが、あまりずるくて、うまいからです。だって、ごらんなさい。ほんものの人間そっくりで、つのもなければ、しっぽもなく、どこからみても、りっぱなわかものです。
 いいえ、あくまではありません。これは、ほんとうに、イワンです。
『ふふん。まっていろ。あしたになれば、王さまも、おまえのひみつをごぞんじになるから』
 夜(よ)があけるころ、おそばの役人は、そっと、わらの山からはいだすと、なにもしらずにねているイワンのぼうしから、はねをぬすんで、いちもくさんに、かけだしました。
 馬屋からにげだしたおそばの役人は、そのまま目をさましたばかりの王さまのへやにかけこんで、こういいました。
「おそれながら、王さまにもうしあげます。どうか、おききとりください」
 ねどこの上から、王さまは、あくびをしながら、いいました。
「なんだ。うそをつかずに、ありのままをいうがよい」
「ありがとうございます。わたくしのもうしあげることは、神かけて、ほんとうです。あのイワンめは、王さまにかくれて、火の鳥のはねをもっているのでございます」
「なんだと、火の鳥のはねをもっているのか。どうして、そんなたいせつなたからものを、馬屋のかしらがもっているのだ」
「それだけではありません。あいつは、もし、王さまがおのぞみなら、火の鳥をとってきてみせる、と、こうもうすのでございます」
 おそばの役人は、せなかをまげて、うやうやしく、まえへすすむと、そっと、だいじなはねを王さまのねどこにのせました。
 王さまはそれをみて、びっくりするやら、にやにやするやらで、しばらく、はねをながめていましたが、もったいないというふうに、手ばこの中にいれました。
「こら、だれか、イワンをつれてこい」
 王さまのいいつけに、おそばのへいたいはあわてて、馬屋へとんでいきました。
 まだ、馬屋でねていたイワンは、へいたいたちにたたきおこされて、おこっていいました。
「なんだって、おまえたち、このイワンさまをおこすんだ」
「王さまがおよびです」
「なに、王さまのおよびだって、それは、たいへんだ」
 あわてて、イワンはうわぎをつけて、おびをしめ、かおをあらって、あたまをなでつけ、さて、むちをとりあげると、きどったようすで、あるきだしました。
「こら、イワン。いったいおまえは、だれのゆるしで、火の鳥のはねのような、だいじなたからをもっているのだ」
 王さまのそばのちかくへ、イワンがすすんでくるのをまちかねて、王さまは、イワンをどなりつけました。
「いいえ、王さま。どうして、わたくしなぞが、そんなたからものを、もっていましょうか」
「だまれ。うそをもうすな。これでも、しらぬというのか」
 しょうこのはねをみせられては、イワンも、もう、どうしようもありません。からだをふるわせて、あやまりました。
「ああ、どうぞ、おゆるしください。もう、これから、うそはもうしません」
「よろしい。こんどだけは、ゆるしてやろう。しかし、イワン、おまえは火の鳥をわたしのためにとってきてくれる、ともうしたそうだな。さあ、ひとつ、とってきてくれ」
 それをきいてイワンは、すっかり、びっくりしてしまいました。
「うそです。そんなことをいったことはありません。はねのことはともかく、火の鳥をとってくるなんて、どんなにしても、できません」
「なんだと。この王さまのわしにむかって、おまえは、いやだともうすのか。さあ、三しゅうかんのうちに、火の鳥をとってこい。さもなければ、むちでたたいて、それから、やつざきにしてしまうぞ。よいか」
 王さまのへやからでると、なきながら、イワンは、せむしの小馬のところへいきました。
 イワンの足おとをききつけて、小馬はよろこんで、おどりだそうとしましたが、イワンがないているのにきがついて、しんぱいそうにいいました。
「ああ、イワンさん、どうして、そんなになくのです。かなしいわけを、どうぞ、はなしてください」
「小馬や、いったい、ぼくは、どうしたらいいんだ。火の鳥をとってこいという、王さまのきびしい、めいれいがあったのだ」
「それは、ほんとうに、こまったことになりました。これというのも、あなたがわたしのいうことをきかないで、はねをひろったためです。でも、しんぱいするのは、よしなさい。わたしがたすけてあげましょう。さあ、いって、王さまにたのみなさい。『おけを二つと、とうもろこしと、外国産のぶどうしゅを、夜(よ)のあけるまでに、そろえてください』って。だけど、イワンさん、ともだちだからいってあげますが、これはまだまだ、ほんとうのしごとではありません。ほんとうの大しごとは、ずっとさきのことですよ」
 たのんだしなは、王さまのいいつけで、たちまち、よういができました。そして、イワンは、あくる朝、まだ夜(よ)もあけないうちにおきると、よういのしなをかたにかけ、せむしの小馬にまたがって、東のほうへでかけました。
 一しゅうかんはしりつづけて、八日めに、せむしの小馬は、大きな森につきました。
「この森の中に、ひろいのはらがみえるでしょう。そののはらには、銀のおかがあります。このおかの上に、火の鳥が夜あけまえにとんできて、小川の水をのむのです。そのとき、うまくつかまえましょう」
 小馬はイワンにそういうと、ひろいのはらにかけこみました。そこには草があおあおとしげり、きれいな花がさきみだれ、あたりは、風がふくたびに、ふしぎな色に光るのでした。そのまん中に、高いおかがそびえ、上から下まで銀色に光っています。
 そのおかのいただきちかくへ、かけあがると、せむしの小馬はイワンをおろして、いいました。
「まもなく夜になりますよ。あなたは、しっかりみはっているのです。そのぶどうしゅをおけにいれて、とうもろこしとまぜなさい。それから、あなたは、あいているほうのおけにもぐりこみ、そこから、そっとのぞいているのです。ゆだんをしてはいけませんよ。夜あけまでに火の鳥はやってきて、とうもろこしをついばんで、おかしな声でなきはじめます。そのときあなたは、すばやくそいつをつかまえて、大きな声でよんでください。わたしはすぐにやってきます」
 そういうと、小馬はいってしまったので、イワンはなんだか心ぼそくなりました。
 やがて、夜中もすぎたころ、ぱあっと、まばゆい光がかがやいて、火の鳥たちがとんできました。かけまわったり、とうもろこしをつついたり、ないたりして、おかの上はまるで、ひるまのような明るさです。
『これはおどろいた。五十ぱぐらいもいるらしいぞ。みんなつかまえたら、大もうけだ』
 ひとりごとをいいながら、おけからそっとはいだすと、イワンは、ぱっと、一わの鳥のしっぽをつかまえました。
「おうい、つかまえたぞ。はやくきてくれ」
 イワンがよぶと、たちまち、小馬がやってきて、イワンをのせるがはやいか、もときたほうへ、はしりだしました。
 イワンは鳥をつめたふくろを、しっかりと、かたにかついで、さて、みやこにかえると、そのまま、王さまのところへいきました。
「火の鳥は、とってきたのか」
「もちろん、とってきましたとも。だけど、おみせするまえに、おへやをくらくしてください」
 こう、イワンがいうと、へいたいたちがまどをしめに、へやの中をかけまわりました。
「さあ、おばさん。もうでてきてもいいよ」
 イワンは、こういいながら、ふくろの中から火の鳥をとりだして、つくえの上におきました。すると、いきなり、あまり明るい光がさしたので、おもわず、王さまは目をおさえて、いいました。
「どうしたんだ。なにがもえてるんだ」
「王さま、火の鳥ですよ。どうです。おきにいりましたか」
「みごとだ。イワンはよいやつだ。きょうから、おまえを、りょうのかしらにしてやろう」
 王さまは、イワンがすっかりすきになりました。ところが、おそばの役人は、すっかりおこってしまいました。

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