戦争に関して 192023年07月01日

戦争の「兵器」として「核爆弾」が使用されたのは、日本の広島、長崎のみだと思う。

犯罪の「兇器」として「放射性物質」が使用されたのは、リトビネンコ事件。
しかも、「仮想敵国の首都」で使われ、未解決のままである。
某国独裁者の異母兄事件のように、末端のパシリさえ押えられていない。

犯行を指示した人物は「してやったり」と有頂天だろう。
「成功体験」とは、病み付きになりがちである。

――「ビギナーズ・ラック」がギャンブル依存症に陥り易いように。

・「兵器」「兇器」「武器」は、いずれも英語では「weapon」で表せるようだ……ロシア語の表現は知らない。

『坊っちやん 四』より2023年07月01日

(略)
 けちな奴等だ、自分で自分のした事が云へない位なら、てんで仕(し)ないがいゝ。証拠さへ挙がらなければ、しらを切る積りで図太く構へて居やがる。おれだつて中学に居た時分は少しはいたづらもしたもんだ。然(しか)しだれがしたと聞かれた時に、尻込みをする様な卑怯な事は只の一度もなかつた。仕たことは仕たので、仕ないものは仕ないに極(きま)つてる。おれなんぞは、いくら、いたづらをしたつて潔白なものだ。嘘を吐(つ)いて罰を逃げる位なら、始めからいたづらなんかやるものか。いたづらと罰はつきもんだ。罰があるからいたづらも心持ちよく出来る。いたづら丈(だけ)で罰は御免蒙(ごめんかうむ)るなんて下劣な根性がどこの国に流行ると思つてるんだ。金は借りるが、返す事は御免だと云ふ連中はみんな、こんな奴等が卒業してやる仕事に相違ない。全体中学校へ何しに這入つてるんだ。学校へ這入つて、嘘を吐いて、胡魔化して、陰(かげ)でこせこせ生意気な悪(わる)いたづらをして、さうして大きな面(つら)で卒業すれば教育を受けたもんだと癇違(かんちがひ)をして居やがる。離せない雑兵(ざふひやう)だ。
(略)


・註。
繰り返すが、「坊っちやん」と言うタイトル表記は、自筆原稿の指定に依る。

オリヴァー・ツウィスト 62023年07月03日

六、義憤

 一(ひ)と月の目見(めみ)えが終つて、オリヴァーは、本式の年期小僧になつた。丁度病気の多い時候になつてゐて、葬儀屋に取つては商売繁昌であつたので、一二週間の間に、オリヴァーは沢山の経験を得た。百日咳(ひやくにちぜき)が流行(はや)つて、子供の亡くなるのが多かつたので、オリヴァーを葬儀供人(さうぎともびと)に使ふといふサワアベリイの名案は、全く予期以上に成功した。オリヴァーが、膝へ届くやうな長いバンドの附いた帽子を被(かぶ)つて、悲しい行列の先頭を歩いて行く姿は、市(まち)の母親たちの間で評判がよかつた。立派な一人前の葬儀屋になるには、どんな場合でも落ち着き払つて平気でゐるといふ習慣にならなければならぬといふので、その修業にとオリヴァーは、親方に伴(つ)れられて、大人の葬式へも大抵何時も行つたのであるが、彼はそこで強い心の人々が、美しい諦めと勇気で、それぞれの悲しみや苦しみをこらへる有様を度々見ることができた。
 例へば、こゝに一人の年老(としと)つた金持の婦人か、紳士が亡くなつたとすると、多勢(おほぜい)の甥や姪たちは、その病中は非常に心配し、亡くなつてからは、人前では如何にも悲しみ嘆いてゐるのだが、自分たちばかりになると、全く陽気になつて、悲しいことなどは、何も起つたのではないかのやうに、面白さうに、自由に話し合つて居(ゐ)る。妻を失つた良人(をつと)も、如何にも勇気のある落ち着きでその悲しみを堪(こら)へる、良人を失つた妻はといふと、喪服を着るには着るが、それを悲しみの衣として着るのではなくて、それを出来るだけ自分に似合ふ、人眼を引くものとしようとする。一体に、女でも男でも、棺を埋める時には、如何にも嘆き悲しんでゐるのだが、家へ帰ると殆ど同時にその悲しみから恢復して、茶の時間が来ないうちに、悲しいことなどはケロリと忘れたやうな平気な風になつて終(しま)ふ。人々が、さういふ風に悲しみを堪へてしまふ勇気は驚くべきものであつて、傍(はた)から見ると、如何にも愉快な教訓になることであつたので、オリヴァーは非常に感心してそれを見た。
 ノア・クレイポールは、年長(としうへ)の自分のはうが、丸帽子を冠(かぶ)り、柔皮(かは)の前掛けをして店に引つ込んでゐるのに、新前(しんまへ)の小僧のオリヴァーのはうが、黒い杖と、喪章(もしやう)を附けた帽子を冠つて、葬式へ出て行くので、ノアはオリヴァーを憎んで、いやが上にオリヴァーを圧(お)しつけて虐(いぢ)めた。ノアがさうするので、チャーロットもオリヴァーを虐めたし、ミセス・サワアベリイも、亭主のサワアベリイが、オリヴァーに眼をかけるので、それが癪に触つて、オリヴァーにひどく当りちらした。で、一方にさう三人の敵を控へ、又一方には、飽きる程葬式へと出されるので、オリヴァーの位置は、決して愉快なものではなかつた。
 或る日、いつもの通り、晩飯(ばんめし)にと台所へ下りて行つたが、チャーロットが用で呼ばれてゐなかつたので、食事までに少時(ちよつと)間があつた。そこで腹が減つて、意地が悪くなつてゐたノア・クレイポールは、オリヴァーにからかつて虐めるのに、又とない機会(をり)だと思つた。
 さういふ無邪気な悪戯(いたづら)の積りで、ノアは卓子(テーブル)掛けの上へ足を載せて、オリヴァーの髪を引つ張つたり、耳を抓(つね)つたり、その他意地の悪い卑しい慈善学校出の少年のよくいふやうな、いろいろの悪態をつきだした。さういふ風に、いくら嘲弄しても、オリヴァーを泣かせることができないので、ノアは、一層意地の悪いことを言ひ出した。
「おい、孤児院、手めえのおふくろは何(ど)うした」
「亡くなつたんだ。お母(つか)さんのことなんぞ言はないでください」
 オリヴァーの顔色が赤くなり、息が忙(せは)しくなり、口と鼻の穴が変に動き出したので、クレイポールは、それがオリヴァーの烈しく泣き出す前触れだと見て取つた。さう思つたので、ノアは、悪態を続けた。
「何で死んだんだ、孤児院」
「悲しみで死んでしまつた。看護婦のお婆さんが、あたしに話してくれた」
 ノアに答へるといふよりは、独り言をいふかのやうに、オリヴァーは、
「あたしは、きつとさうだと思ふんだ」
 オリヴァーの頬を涙が流れるのを見て、
「ホイ、ホイ、ホイ、ベラ棒に立派なおふくろだな、孤児院、何で手めえは、めそめそ泣くんだよ」
 オリヴァーは急いで涙を払つて、
「いゝえ、もう沢山だ、お母(つか)さんのことは何(なん)にも言はないでおくれ、言はない方がいゝ」
 オリヴァーは強い声でさう答へた。
「何、言はない方がいゝ? へえ? 言はない方がいゝ? おい、孤児院、生意気言ふねえ。手めえのおふくろはな、面白(おもしれ)え女だつたんだ、確かにさうだぜ。やア、あゝら」
 こゝでノアは、意味あり気(げ)に頭を頷(うなづ)かせ、筋肉の運動ででき得(う)るかぎり小さい赤い鼻を上へ向けてヒコヒコさせた。
 オリヴァーが黙つてゐるので、一層勢ひづいたノアは、如何にも哀れんでゐるやうに装(よそ)ほつた如何にも意地の悪い嘲弄の声で、
「なア、孤児院、もう何(ど)うも仕方がねえ、勿論、手めえにやア、その時分にも仕方がなかつたんだけどもな。何(ど)うも気の毒なことだな。誰でもさう思つて、ほんとに手めえを気の毒に思ふだらうよ。だが、おい、孤児院、手めえのおふくろは、ほんとにとてつもねえ悪い女だつたんだぜ」
「えゝツ?」
 急に顔を上げて、オリヴァーが訊いた。
「とてつもねえ悪いやつだツてんだい、孤児院」
 さうノアは落ち着き払つて答へて、
「死んぢやつた方が、余つ程(ぽど)よかつたんだぜ、なア、孤児院、さもなきやア今頃はブライドウェルの牢屋で、苦役(くえき)をやつてるか、流されてゐるか、それともお仕置きになつてるか、どつちかにちげえねえんだ、いや、多分お仕置きになつてるだらうなア、さうだらう」
 憤激で真つ赤になつたオリヴァーは、ぱつと立ち上がつて、椅子と卓子(テーブル)を突き倒し、ノアの喉(のど)を掴(つか)んで、烈しい憤怒(いかり)で彼を振つて、力いつぱい、ノアを床へと殴り倒した。
 直ぐその前までは、虐待のためにいぢけた、静かな温順(おとな)しい小童(こども)であつたが、死んだ母親のことを、残酷に侮辱されたので、オリヴァーの元気は呼び覚(さま)され、血は湧き立つた。胸で大息(おほいき)を吐(つ)きながら、真つ直ぐに立つて、眼を生き生きと光らして、彼の足もとに蹲(しやが)んでゐる卑怯な意地悪の少年を睨みつけてゐる有様(ありさま)は、オリヴァーの人となりが、まるで、変つてしまつたかのやうであつた。
「人殺し」
 ノアは喚(わめ)いて、
「チャーロット。主婦(おかみ)さん、小僧が私を殺す、助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。オリヴァーが気が狂(ちが)つた。チャー……ロット」
 ノアの喚き声に続いて、チャーロットの高い叫び声が聞え、ミセス・サワアベリイのもう一層高い叫び声が聞えた。チャーロットは側戸(わきど)から台所へと飛び込んで行つたが、ミセス・サワアベリイは、階下(した)へ下りて行つても、生命に別状がないかどうかが、はつきりわかるまでは、階段の上にとゞまつてゐた。
「こら、こん畜生」
 チャーロットが叫んで、力いつぱいオリヴァーを掴(つかま)へた。その力は、殊(こと)によく力を出しつけてゐる並々(なみなみ)の強い男の力と殆ど同じ強さであつた。
「こら、恩知らずの、人殺しの、恐ろしい悪党小僧」
 チャーロットは、一言(ひとこと)言つては、一つづゝ力いつぱいオリヴァーを殴りつけた。
 チャーロットの拳固(げんこ)は、なかなか軽くはなかつた。けれども、それだけでは、オリヴァーの怒りを取り静めることができなからうと思つたので、ミセス・サワアベリイは、台所へ飛び込んで行つて、片手でチャーロットに手伝つてオリヴァーを押へ、片手でオリヴァーの顔を引つ掻いた。さういふ都合のいゝ位置になつて来たので、ノアも床から立ち上がつて、後(うしろ)からオリヴァーを殴つた。
 かういふ運動は長く続くものではない。三人ともすつかり疲れ切つて、もう引つ掻きも打(ぶ)ちも出来なくなると、彼等は、もがき叫んでゐるが、それでも少しも勇気を落してゐないオリヴァーをば、埃溜(ごみため)の穴倉へと引つ張つて行つて、そこへ閉ぢ籠めてしまつた。それが終ると、ミセス・サワアベリイは、椅子へぐたりと掛けて、わつと泣きだした。
「あらツ、大変だ、主婦(おかみ)さんが気が遠くなつちまふ。水を一ぱい、さ、ノア、お前さん。さ、早く、さ、早く、さ」
「おゝツ。チャーロット」
 ノアが、頭と肩へ、冷たい水を十分にかけたので、息の苦しい中から、ミセス・サワアベリイはさう言つて、
「おゝツ、おゝツ。チャーロット、わたしたちがみんな寝てゐるうちに殺されなかつたのは、ほんとに神様のお蔭だわね」
「えゝ、ほんとに神様のお蔭ですとも、主婦(おかみ)さん、旦那もこれにこりて、赤ん坊の時から人殺しや、泥坊に生れついて来るやうな、あんな恐ろしい奴らを、家で使はないやうになるでせう。ノアは可愛さうですよ。あたしが来た時には、主婦(おかみ)さん、もう半殺しにされてゐたんですよ」
「可哀さうにね」
 その慈善学校出の少年の方をば、如何にも可愛さうがつてゐるやうに見て、ミセス・サワアベリイが言つた。
 一番上の直衣釦(キヨツキボタン)から上ぐらゐ、オリヴァーの頭の頂辺(てつぺん)より身長(せい)の高かつたノアが、さういふ哀れみの言葉をかけられるといふと、手首の内側の方で眼をこすつて、啜泣(べそ)を掻くらしい風をした。
「ほんとに、何(ど)うしたらよからうね」
 ミセス・サワアベリイは、大声で言つて、
「旦那は家にゐないし、家の中に男つてもなア一人もゐないんだよ、彼奴(あいつ)は十分(じつぷん)と経たないうちに、あの戸を蹴破るんだよ」
 戸といつたところで、ホンの材木の片(きれ)なのだから、オリヴァーが強く打(ぶ)つつかる音を聞いては、ミセス・サワアベリイが、さう思つたのは無理もなかつた。
「あらまア、あらまア、何(ど)うしたらいゝんでせう、主婦(おかみ)さん、警察へさう言ひませうか」
 チャーロットがさういふと、
「軍隊がいゝでせう」
 クレイポールが意見を持ち出した。
「いゝえ、いゝえ」
 ミセス・サワアベリイは、オリヴァーの古くからの知り合ひのことを思ひ出して、
「ノア、お前、バンブルさんのとこへ駈けて行つて、直ぐ、どうしても直ぐ来てくださいと頼んでおいで、いゝえ、帽子なんざア何(ど)うでもいゝよ。さ、大急ぎで行つといで。その眼の縁の脹(は)れたとこへは、小刀(ナイフ)をつけるやうにして行つといで、脹(はれ)が引くお禁厭(まじなひ)なんだから」
 ノアは返事もせずに、全速力で駈けだした。外をあるいてゐた人々は、帽子も冠らず、眼の近くへ懐中小刀(クラスプナイフ)をかざして、街路(まち)を暗雲(やみくも)に駈けだして行く、慈善学校出の少年を見て、一体何事だらうと驚いた。

第二百十六段2023年07月03日

気温が高くなると、自制心が働きにくくなるようだ。

それに関して、幾つかの短篇小説がある。

W・F・ハーヴィー「炎天(August Heat)」(1910年)
R・ブラッドベリ「熱気のうちで(Touched with Fire)」(1954年)

後者に依ると、華氏92度が臨界点(?)らしいが。

……そう言えば、最近「不快指数」と言う言葉を耳にしないような気がする。

・註。
「華氏92度が臨界点」とは、無論作中の設定である、念の為。

「イヴァン王子と、火の鳥と、灰色オオカミの話」アファナーシェフ編2023年07月04日

「イヴァン王子と、火の鳥と、灰色オオカミの話」アファナーシェフ編、神西清訳。

 むかしむかし、ある国に、ヴイスラーフ・アンドローノヴィチという、王さまがありました。三人のむすこがあって、一ばん上はドミートリイ王子、二ばんめはヴァシーリイ王子、一ばん下はイヴァン王子といいました。
 このヴイスラーフ王の御殿には、りっぱな庭があって、よその国にはとても見られないほど、みごとな庭でした。その庭には、実のなる木や、実のならない木や、いろいろと珍しい木がはえていましたが、なかでも王さまの大事にしているのは、一本のリンゴの木で、その木には、こがねのリンゴがなるのでした。
 さて、このヴイスラーフ王の庭へ、一羽の火の鳥が、飛んでくるようになりました。そのハネは金いろで、目は、東の国の水晶のようでした。火の鳥は、夜(よ)ごとにその庭に飛んでくると、ヴイスラーフ王の大事なリンゴの木にとまって、こがねのリンゴを好きなだけもいで、また飛んでいってしまうのでした。
 ヴイスラーフ王は、火の鳥がそのリンゴの木から、どっさりリンゴをもいでゆくので、大(たい)そう心を痛めました。そこで、三人の王子を呼びよせて、言うことには、
「かわいい、むすこたちよ。おまえたちのうちに、だれかあの火の鳥を、わしの庭でつかまえてくれる者はいないか。もしあの鳥を、生けどりにしたら、そのホウビには、わしの生きているうちでも、この国の半分を上げよう。そして、わしの死んだあとは、国を全部あげよう」
 すると王子たちが、声をそろえて答えるには、
「父王陛下、よろこんで、あの火の鳥を生けどりにするよう、努力いたしましょう」
 はじめの晩は、ドミートリイ王子が、庭へ出て番をすることになりました。そこで王子は、火の鳥がリンゴをもいでゆくその木の下に、すわっていましたが、いつのまにか眠ってしまい、火の鳥が飛んできて、とてもたくさんリンゴをもいでいったのに、気がつきませんでした。
 あくる朝、ヴイスラーフ王は、ドミートリイ王子を呼んで、たずねるには、
「どうだったね、かわいい、むすこよ。火の鳥を見たかな、それとも、見なかったかな」
 王子が、父王に答えるには、
「いいえ、父王さま。ゆうべは飛んで来ませんでした」
 つぎの晩は、ヴァシーリイ王子が、庭へ出て、火の鳥の番をしました。王子は、そのリンゴの木の下にすわりましたが、夜がふけて、一時間、また一時間とすわっているうちに、ぐっすり眠ってしまい、火の鳥が飛んできて、リンゴをもいでいったのに、気がつきませんでした。あくる朝、ヴイスラーフ王は、王子を呼んで、たずねるには、
「どうだったね、かわいい、むすこよ。火の鳥を見たかな、それとも、見なかったかな」
「いいえ、父王さま。ゆうべは飛んで来ませんでした」
 三日めの晩は、イヴァン王子が、庭へ出て、番をすることになって、そのリンゴの木の下にすわりました。一時間、二時間、三時間と、すわっているうちに、とつぜん庭じゅうが、まるでたくさんのカガリ火(び)で照らされたように、明るくなりました。火の鳥が飛んできて、リンゴの木にとまって、リンゴをもぎはじめたのです。イヴァン王子は、とても上手に、火の鳥へ忍びよって、その尾をつかまえました。けれど、鳥を生けどりにすることは、できませんでした。火の鳥は、身をふりもぎって、飛んでいってしまったのです。そしてイヴァン王子の手には、力いっぱい握っていた尾のハネが一枚、のこっただけでした。
 あくる朝、ヴイスラーフ王がお目ざめになると、さっそくイヴァン王子は、その前へ出て、火の鳥のハネをさしあげました。ヴイスラーフ王は、一ばん小さい王子が、たとえ火の鳥のハネの一枚だけにしても、しゅびよく手に入れたので、大そう喜びました。そのハネは、じつにすばらしい、じつに明るいハネで、それを持って暗い部屋へはいると、たちまち明るく光りかがやいて、まるでその部屋に、とてもたくさんのロウソクがともったようでした。ヴイスラーフ王はそのハネを、ご自分の居間に置いて、大切な記念品として、末ながくしまって置くことにしました。それからというもの、火の鳥はもう、庭へ飛んでこなくなりました。
 やがて、ヴイスラーフ王は、また王子たちを呼びよせて、言うことには、
「かわいい、むすこたちよ。わしが祝福してあげるから、これから旅に出て、あの火の鳥をさがして、生けどりにして、持って帰ってはくれまいか。このあいだ約束したホウビは、むろん、火の鳥を持って帰った子にあげよう」
 ドミートリイ王子と、ヴァシーリイ王子とは、一ばん下のイヴァン王子が、しゅびよく火の鳥の尾からハネを抜いたので、この小さな弟のことを、あまりよく思わなくなっていました。そこで、にいさんたちは、父王に祝福してもらうと、ふたりだけで、火の鳥をさがしに出かけました。
 イヴァン王子も、父王に、やはり旅だちの祝福をしてくださいと、ねがいました。けれど、ヴイスラーフ王が言うことには、
「かわいい、むすこよ。だいじな、むすこよ。おまえはまだ小さいから、そんな長い、つらい旅には、なれていない。それにまた、なんでわしのところから、離れてゆくことがあろう。にいさんたちが、あのとおり出ていったではないか。この上、おまえまでが出ていったら、どうなることだろう。もし、おまえたちが三人とも、長いあいだ帰ってこなかったら、どうなることだろう。わしはもう年よりで、そろそろ神さまのふところに、だかれる時だ。もし、おまえたちがみんな留守のまに、神さまがわしの命をお召しになったら、だれがわしに代って、この国を治めてゆくのか。反乱がおこるかもしれない。国民のあいだに、仲たがいが始まるかもしれない。そうなっても、静める者がないのだ。それとも敵が、わしの領土へおし寄せてくるかもしれない。そうなっても、わしの軍ぜいを、さしずする者がないのだ」
 けれど、ヴイスラーフ王が、いくらイヴァン王子を思いとどまらせようと、骨を折っても、けっきょく王子を、その望みどおり、たたせてやるほかはありませんでした。イヴァン王子は、父王に祝福してもらうと、一ぴきの馬をえらんで、それに乗って旅に出ました。しだいに進んでゆきましたが、どこへゆくのか、自分でもわからないのです。
 近いのか遠いのか、低いのか高いのか、それも知らずに、大きな道、小さな道を、ずんずん馬を歩ませてゆくうちに、――と話してしまえば早いようですが、実際はなかなか、そう早くはいかず、やがてのはてに、青々と草のはえた、ひろびろと明るい野原に出ました。野原のなかに、一本の柱が立っていて、その柱に、つぎのような文句が書いてあります。
『この柱から、まっすぐ先へゆく人は、餓え、こごえるだろう。右へ折れてゆく人は、丈夫で生きながらえるが、乗っている馬は死ぬだろう。左へ折れてゆく人は、自分は殺されるが、馬は丈夫で生きながらえるだろう』
 イヴァン王子は、この文句を読むと、右へ折れてゆきました。心のなかで、たとえ馬は殺されても、自分の命さえぶじならば、そのうちまた、ほかの馬が手にはいるだろう、と思ったからです。そして、一日、二日(ふつか)、三日(みっか)と進んでゆくと、とつぜん向こうから、一ぴきのとても大きな、灰色のオオカミがやってきて、いうことには、
「おお、りっぱな若者、イヴァン王子、あの柱に、あなたの馬が死ぬぞ、と書いてあるのは、読んだはずなのに、なぜ、こっちへやって来たのです」
 オオカミは、そう言いおわると、イヴァン王子の馬を、まっ二つに裂いて、そのままわきへ、いってしまいました。
 イヴァン王子は、馬の死を大そう悲しんで、さめざめと涙をながしたが、やがて先へ歩いてゆきました。まる一日あるいて、へとへとに疲れたので、ちょっと腰をおろして一休みしよう、と思ったとたんに、とつぜん、さっきの灰色のオオカミが追いついて、こう言いました。
「気の毒だなあ、イヴァン王子。すっかり歩き疲れてしまったのですね。あなたのりっぱな馬を、わたしは食べてしまったが、これも気の毒なことをしましたよ。よろしい、わたしに乗りなさい。そしてこの灰色オオカミに、どこへどういう用事でゆくのか、それを言いなさい」
 イヴァン王子は、灰色オオカミに、自分が、なにをしにゆくのか話しました。すると灰色オオカミは、王子を背に乗せて、馬よりも早く駈けだしましたが、しばらくすると、ちょうど夜なかに、あまり高くもない石壁(いしかべ)の前に、イヴァン王子を送りつけて、足をとめると、こう言いました。
「さあ、イヴァン王子。このわたしから、この灰色オオカミから、おりなさい。そして、この石壁を乗りこえるのです。壁のむこうには、庭がある。その庭に、火の鳥は、金のカゴの中にとまっています。火の鳥をつかまえてもいいが、金のカゴは、そのままにしておくのです。もしカゴまで持ってくると、逃げることができず、すぐつかまってしまいますよ」
 イヴァン王子が、石壁を乗りこえて、庭へはいってみると、はたして火の鳥が、金のカゴにはいっていたが、そのカゴの美しさに、思わず見とれてしまいました。王子は、鳥をカゴから出して、あとへ引き返しましたが、やがて思い直して、ひとりごとを言うには、
「せっかく火の鳥をとっても、カゴがなくては仕方がない。だいいち入れ場がないじゃないか」
 そこで、あともどりをして、金のカゴをはずしたかと思うと、たちまち、ガラガラと、とどろくような音が、庭じゅう一ぱいに、ひびきわたりました。その金のカゴには、糸がなん本も引いてあったからです。番人たちは、すぐ目をさまして、庭へかけつけると、イヴァン王子を火の鳥もろともつかまえて、その国の王さまの前へ引っぱってゆきました。王さまは、ドルマートという名でした。
 ドルマート王は、イヴァン王子に大そう腹を立てて、大音声(だいおんじょう)でどなりつけるには、
「えい、そこの若者め。ひとの物を盗むのが、はずかしくはないのか。いったい、おまえは、どこの何者か。なんという父のむすこで、名はなんというか」
 イヴァン王子が、答えるには、
「ぼくは、ヴイスラーフの国から来ました。ヴイスラーフ・アンドローノヴィチ王のむすこで、名はイヴァン王子といいます。あなたのところの火の鳥が、うちの庭へ毎晩とんで来て、ぼくの父の大事にしているリンゴの木から、こがねのリンゴをもぎとって、ほとんど丸ぼうずにしてしまいました。それで、ぼくの父は、火の鳥をさがしあてて、持って帰るように、ぼくを使いに出したのです」
 ドルマート王が、言うことには、
「えい、そこの若者、イヴァン王子。おまえのしたことが、りっぱなやり方と言えると思うか。もしまっすぐ、わしのところへ来たのだったら、わしは火の鳥を、きれいにおまえにやったものをなあ。だが、こうなった上は、やむを得ん。おまえがわしの国で、どんな悪事をはたらいたかを、ほうぼうの国へ使いを出して、ふれまわらせることにするが、それでもよいか。しかし、イヴァン王子、よく聞け。もしおまえが、わしのために一働(ひとはたら)きしてくれるなら、――というのは、つまり、ここから九つを三つかさねた土地の向こうの三十ばんめの国にいって、アフロン王の金のタテガミをした馬を、わしに持って来てくれるなら、――わしは、おまえの罪をゆるした上、火の鳥はそのホウビとして、きれいにおまえにやることにしよう。だがもし、わしのために一働きしてくれぬとあらば、おまえは見さげはてたドロボウだといって、ほうぼうの国へ言いふらすぞ」
 イヴァン王子は、金のタテガミをした馬を持ってくることを、王さまに約束して、深い悲しみにとざされながら、すごすごドルマート王の前をさがりました。
 王子は、灰色オオカミのところへ帰って来て、ドルマート王の言ったことを、残らず話しました。すると、灰色オオカミが、言うことには、
「おお、りっぱな若者、イヴァン王子。なぜ、わたしの言うことをきかないで、金のカゴを取ったのです」
「すまないことをした」と、イヴァン王子は、オオカミにあやまった。
「よろしい、ひき受けました」と、灰色オオカミは言って、「わたしに乗りなさい。そしたら、この灰色オオカミは、あなたのゆくところへ、つれていってあげます」
 イヴァン王子が、灰色オオカミの背中に乗ると、オオカミは矢のように早く駈けだして、長いあいだだったか、それとも短い間(ま)だったか、とにかく、やがて、夜なかにアフロン王の国に着きました。そして、白い石づくりの、王さまの馬屋まで来ると、灰色オオカミがイヴァン王子に、言うことには、
「さあ、イヴァン王子、この白い石づくりの馬屋へ、はいりなさい。今なら、馬屋の番人は、みんなぐっすり寝ているから、そのすきに、金のタテガミをした馬を、つれだすんです。ただね、あすこの壁に、金のクツワがかかっていますが、それを取ってはいけません。悪いことが、もちあがりますからね」
 イヴァン王子は、白い石づくりの馬屋へはいると、めざす馬をつかまえて、あとへ引き返そうとしましたが、ふと見ると壁に、金のクツワがかかっています。一目みるなり、うっとりしてしまい、思わずクツワをクギからはずしました。そのとたんに、いきなりとどろくような物音が、馬屋じゅうに響きわたりました。そのクツワには、糸がなん本も引いてあったからです。馬屋の番人たちは、すぐ目をさまして、かけつけると、イヴァン王子をつかまえて、アフロン王の前へ引っぱってゆきました。アフロン王が、たずねるには、
「えい、そこの若者め。いったい、おまえは、どこの国から来た者か。なんという父のむすこで、名はなんというか」
 イヴァン王子が、答えるには、
「ぼくは、ヴイスラーフの国から来ました。ヴイスラーフ・アドローノヴィチ王のむすこで、名はイヴァン王子といいます」
 アフロン王が、言うことには、
「えい、そこの若者、イヴァン王子。おまえのしたことが、りっぱな騎士のすべきことと思うか。もしまっすぐ、わしのところへ来たのだったら、わしは金のタテガミをした馬を、きれいにおまえにやったものをなあ。だが、こうなった上は、やむを得ん。おまえがわしの国で、どんな悪事をはたらいたかを、ほうぼうの国へ使いを出して、ふれまわらせることにするが、それでもよいか。しかし、イヴァン王子、よく聞け。もしおまえが、わしのために一働きしてくれるなら、――というのは、つまり、ここから九つを三つかさねた土地の向こうの、三十ばんめの国までいって、わしがかねがね思いをかけながら、まだ手に入れることのできない、あの美しいエレーナ王女を、つれて来てくれるなら、――わしは、おまえの罪をゆるした上、金のタテガミをした馬は、そのホウビとして、きれいにおまえにやることにしよう。だがもし、わしのために一働きしてくれぬとあらば、おまえは見さげはてたドロボウだと言って、ほうぼうの国へ言いふらすばかりか、おまえがわしの国ではたらいた悪事を、のこらず書きとめて、後(のち)の世まで伝えるぞ」
 そこで、イヴァン王子は、美しいエレーナ王女をつれてくることを、アフロン王に約束して、すごすご御殿を出ると、おいおい声をあげて泣きました。
 王子は、灰色オオカミのところへ帰って来て、その身におこったことを、残らず話しました。すると、灰色オオカミが、言うことには、
「おお、りっぱな若者、イヴァン王子。なぜ、わたしの言うことをきかないで、金のクツワを取ったのです」
「すまないことをした」と、イヴァン王子は、灰色オオカミにあやまりました。
「よろしい、ひき受けました」と、灰色オオカミはことばをつづけて、「わたしに乗りなさい。そしたら、この灰色オオカミは、あなたのいくところへ、つれていってあげます」
 イヴァン王子が、灰色オオカミの背中に乗ると、オオカミは矢のように早く駈けだして、おとぎ話によくあるような早業(はやわざ)で、しばらく走ったかと思うと、もう、美しいエレーナ王女の国に着きました。そして、えも言われぬみごとな庭を、ぐるりと囲んでいる金色の柵(さく)のところまで来ると、オオカミがイヴァン王子に、言うことには、
「さあ、イヴァン王子。このわたしから、この灰色オオカミから、おりなさい。そして、今わたしたちの来た道を引き返して、ひろびろと明るい野原のなかの、みどりのカシの木の下で、わたしを待っていなさい」
 イヴァン王子は、言われた場所へいきました。いっぽう灰色オオカミは、金色の柵のそばにすわって、美しいエレーナ王女が庭へ散歩に出てくる時を、じっと待ち受けました。夕方になって、日が西に沈みかけて、空気がすこし涼しくなると、美しいエレーナ王女は、乳母(うば)や女官(じょかん)を大ぜいつれて、庭へ散歩に出てきました。王女がいよいよ庭にはいって、灰色オオカミが柵のそとですわっているところまで来ると、とつぜん灰色オオカミは、柵をとびこえて庭へとびこみ、美しいエレーナ王女をつかまえるが早いか、また柵をとびこえて、足にまかせて逃げだしました。ひろびろと明るい野原のなかの、みどりのカシの木の下で、イヴァン王子が待っているところまでくると、
「さあ、イヴァン王子。早くこのわたしに、この灰色オオカミに乗りなさい」と、王子をせきたてました。
 イヴァン王子が、その背中に乗ると、灰色オオカミはふたりを乗せたまま、まっしぐらに、アフロン王の国へいそぎました。いっぽう、美しいエレーナ王女といっしょに庭を散歩していた乳母や、おもり役や、女官たちは、すぐさま御殿に駈けもどって、追手をくりだし、灰色オオカミを追いかけさせました。けれど、追手の勢(ぜい)がいくら追いかけても、とうとう追いつけず、すごすご引き返しました。
 イヴァン王子は、灰色オオカミの背に、美しいエレーナ王女といっしょに乗っているうちに、心からこの王女が好きになりました。王女のほうでも、イヴァン王子が好きになりました。それで、いよいよ灰色オオカミが、アフロン王の国に着いて、イヴァン王子としては、美しいエレーナ王女を御殿へつれていって、王さまに渡さなければならないことになると、王子はとても悲しくなって、しくしく泣きだしました。灰色オオカミが、王子にたずねるには、
「なにを泣くのです、イヴァン王子」
 そこで、イヴァン王子が、答えるには、
「ねえ、灰色オオカミさん。りっぱな若者として、どうしてこれが泣かずにいられようか、なげかずにいられようか。ぼくは心から、美しいエレーナ王女が好きになったのに、今はもう、金のタテガミをした馬とひきかえに、王女をアフロン王に渡さなければならないのだ。もし王女を渡さないと、アフロン王は、ほうぼうの国に、ぼくの悪口を言いふらすだろう」
 灰色オオカミが、言うことには、
「イヴァン王子、わたしはずいぶん色々と、あなたの御用をしてきました。ついでに、もう一働きすることにしましょう。いいですか、イヴァン王子、わたしが美しいエレーナ王女にばけますから、あなたはわたしを、アフロン王のところへつれていって、金のタテガミをした馬をもらいなさい。王さまはわたしを、ほんとの王女と思うでしょうからね。そのまにあなたは、金のタテガミをした馬に乗って、遠くへ逃げのびるのです。そうしてから、わたしはアフロン王に願って、ひろびろした野原へ、散歩に出してもらいます。すると王さまは、大ぜいの乳母や、おもり役や、女官(じょかん)たちを、おともにつけて、わたしを出してくれるでしょうから、わたしは思いどおり、ひろびろと明るい野原に出られます。その時どうぞ、わたしのことを思いだしてください。するとわたしは、あなたのところへ駈けつけますから」
 灰色オオカミは、そう言って、しめった地面を足でけったかと思うと、たちまち美しいエレーナ王女にばけました。どう見ても、本物の王女としか思えません。イヴァン王子は、美しいエレーナ王女を町のそとに待たせ、灰色オオカミをつれて、アフロン王の御殿へいきました。
 イヴァン王子が、にせのエレーナ王女をつれて、アフロン王の前に出ると、王さまは、かねがね望んでいた宝が手にはいったので、大そう喜びました。王さまは、にせの王女を納(おさ)めると、そのホウビに、金のタテガミをした馬を、イヴァン王子にわたしました。イヴァン王子は、その馬に乗って、町のそとまでくると、美しいエレーナ王女もいっしょに乗せて、ドルマート王の国をめざして、進んでいきました。
 いっぽう、灰色オオカミは、一日(いちにち)、二日(ふつか)、三日(みっか)と、美しいエレーナ王女の身代りに、アフロン王の御殿にいましたが、四日(よっか)めになると、王さまの前へいって、どうも気がふさいでならないから、気ばらしに、ひろびろと明るい野原を散歩させてくださいと、たのみました。すると、アフロン王が、言うことには、
「ああ、わたしの美しいエレーナ王女よ、あなたの言うことなら、なんでも聞いてあげよう。ひろびろと明るい野原が歩きたいのなら、それも、けっこうだ」
と言って、さっそく、乳母や、おもり役や、女官たちみんなに言いつけて、美しい王女のおともをして、ひろびろと明るい野原へ、散歩に出るようにしました。
 さて、イヴァン王子はエレーナ王女といっしょに、小さい道や大きい道を、進んでゆきながら、仲よく話をしているうちに、すんでのことで、灰色オオカミのことを忘れるところでしたが、やがて、
「ああ、あの灰色オオカミは、どこにいるのだろう」と、思い出しました。
 すると、とつぜん、どこから降ってわいたのか、オオカミがイヴァン王子の前に立って、言うことには、
「イヴァン王子、このわたしに、この灰色オオカミに乗りなさい、美しい王女は、金のタテガミをした馬に乗ってゆかせなさい」
 イヴァン王子は、灰色オオカミに乗って、みんなそろって、ドルマート王の国をめざしてゆきました。長い道のりだったか、それとも近かったか、とにかくその国に着いて、町から三キロほど手前で足をとめました。その時、イヴァン王子が、灰色オオカミに頼むことには、
「ねえ、しんせつな灰色オオカミさん。きみには、今まで、いろいろと世話になってきたが、じつはもう一ぺんだけ、お願いがあるのだ。そのお願いというのは、ほかでもないが、この金のタテガミのある馬に、ばけてくれないか。この馬とは、どうも別れる気がしないのでね」
 するととつぜん、灰色オオカミは、しめった地面をパッとけると見るまに、たちまち金のタテガミをした馬になりました。そこでイヴァン王子は、みどりの草原にエレーナ王女を残したまま、灰色オオカミに乗って、ドルマート王の御殿へ向かいました。そこへ着くが早いか、たちまちドルマート王は、イヴァン王子が金のタテガミのある馬に乗って来たのを見つけて、大そう喜び、さっそく広間から出て来て、ひろびろした中庭にむかえ、王子のあまいくちびるにキスして、その右手をとると、白い石づくりの広間へ案内しました。
 ドルマート王は、お祝いの酒もりを開くことにし、みんなそろって、市松模様のテーブルかけをかけた、カシづくりの食卓につきました。飲んだり、食べたり、笑ったり、歌ったりして、まる二日をすごしましたが、三日めになると、ドルマート王はイヴァン王子に、火の鳥を金のカゴといっしょに渡しました。王子は火の鳥をもらうと、町の外へ歩いていって、美しいエレーナ王女とふたりで、金のタテガミをした馬に乗り、なつかしい古里(ふるさと)、ヴイスラーフ王の国をさしてゆきました。
 いっぽう、ドルマート王は、あくる日になると、金のタテガミをした馬にまたがって、ひろびろと明るい野原を、乗りまわしてみたくなりました。そこで、クラを置かせて、ムチをあげて、ひろびろと明るい野原へ向かいましたが、やがて拍車(はくしゃ)をあてたそのとたんに、馬はドルマート王をほうり出して、また元の灰色オオカミの姿にかえると、まっしぐらにイヴァン王子に追いついて、言うことには、
「イヴァン王子、このわたしに、この灰色オオカミに乗りなさい。美しいエレーナ王女は、金のタテガミをした馬に乗ってゆかせなさい」
 イヴァン王子は、灰色オオカミに乗ってみんなで旅をつづけました。灰色オオカミは、いつぞやイヴァン王子の馬を引き裂いた場所まで来ると、歩みをとめて、言うことには、
「さて、イヴァン王子。わたしはこれまで、忠実に正直に、あなたのために働いてきました。そら、ここは、わたしがあなたの馬をまっ二つに裂いた場所ですが、とにかくここまで、あなたをぶじに送りとどけましたよ。では、このわたしから、灰色オオカミから、おりなさい。今ではもう、金のタテガミをした馬もいることですから、それに乗って、めざすところへ、いらっしゃい。わたしはこれで、ごめんをこうむりますよ」
 そう言うと、灰色オオカミは、わきへ走っていってしまいました。イヴァン王子は、別れをおしんで、さめざめと泣きましたが、やがて気をとりなおして、美しいエレーナ王女といっしょに、旅をつづけました。
 長いあいだか、それとも短い間だったか、王子は美しいエレーナ王女と、金のタテガミをした馬に乗ってゆきましたが、父王の国まで、あと二十キロというところまでくると、馬をとめて、その背中からおり、照りつける日ざしを避けて、一休みするため、美しい王女といっしょに、とある木(こ)かげに横になりました。金のタテガミをした馬は、同じその木につなぎ、火の鳥のカゴは、自分のそばに置いたのです。やわらかな草に寝て、むつまじく話をしているうちに、ふたりは、ぐっすり眠ってしまいました。
 ちょうどその時、イヴァン王子のにいさんの、ドミートリイとヴァシーリイの両王子は、ほうぼうの国をまわって歩いたものの、火の鳥は見つからず、から手で国へ帰るところでした。そして、思いもかけず、弟のイヴァン王子が、美しいエレーナ王女と、ならんで寝ているところに、ゆきあいました。
 草の上に、金のタテガミをした馬と、金のカゴにはいった火の鳥が、じっとしているのを目にすると、ふたりの王子は、うっとり見とれてしまって、弟のイヴァン王子を、殺そうという気になりました。ドミートリイ王子は、剣(つるぎ)のサヤをはらうと、イヴァン王子を刺しころし、死がいを切りこまざきました。それから、美しいエレーナ王女を揺りおこして、たずねることには、
「きれいなお嬢さん。あなたは、どこの国から来たのですか。なんというおとうさんの娘で、名はなんというのですか」
 美しいエレーナ王女は、イヴァン王子の死がいを見ると、とてもびっくりして、さめざめと泣きだしましたが、涙ながらに、言うことには、
「わたしは美しいエレーナ王女です。わたしを手に入れたのは、イヴァン王子なのですが、その王子を、あなたがたは、むごたらしく殺してしまいましたね。もしもあなたがたが、りっぱな騎士だったら、この王子といっしょに、ひろびろと明るい野原へ出ていって、生きているどうしで、勝ち負けをあらそうはずでしたね。眠っているところを殺したところで、なんの手がらになるものですか。眠っているのは、死んだも同然ですもの」
 すると、ドミートリイ王子は、その剣のきっ先を、美しいエレーナ王女の胸(むな)もとへ突きつけて、言うことには、
「よく聞きなさい、美しいエレーナ王女。今では、あなたを生かすも殺すも、わたしたちの自由です。これからわたしたちは、おとうさんのヴイスラーフ王のところへ、あなたをつれて帰ります。そしたらあなたは、あなたも、火の鳥も、金のタテガミをした馬も、みんなわたしたちが手に入れたのだと、そう言いなさい。もし、そう言わないのなら、今この場で、あなたを殺しますよ」
 美しいエレーナ王女は、殺すと言われてびっくりして、言いつけどおりのことを言いますと、約束もし、神かけて誓いもしました。そこで、ドミートリイ王子とヴァシーリイ王子は、クジを引いて、美しいエレーナ王女はどっちのものか、金のタテガミをした馬はどっちのものかを、きめることにしました。クジを引いた結果は、美しい王女がヴァシーリイ王子にあたり、金のタテガミをした馬はドミートリイ王子にあたりました。そこでヴァシーリイ王子は、美しいエレーナ王女の手をとって、自分のりっぱな馬に乗せ、ドミートリイ王子は、金のタテガミをした馬にまたがって、おとうさんのヴイスラーフ王にさしあげる火の鳥を持ち、古里への道をいそぎました。
 イヴァン王子は、死んだまま、ちょうど三十日のあいだ、同じ場所にねていました。そこへ、灰色オオカミがとおりかかって、においで、イヴァン王子をかぎあてました。助けてあげたい、生き返らせてあげたい、と思ったけれど、さてどうしたらいいものか、それがわかりません。するとそのとき、灰色オオカミは、一羽の大ガラスが、子ガラスを二羽つれて、王子の死がいの上を舞いながら、すきを見て地面へ舞いおりて、イヴァン王子の肉をついばもうと、ねらっているのに気がつきました。灰色オオカミは茂みにかくれました。そして、やがて子ガラスたちが地面へおりてきて、イヴァン王子の死がいをついばみはじめるが早いか、茂みからおどり出して、一羽の子ガラスをつかまえ、いまにも、まっ二つに引き裂こうとしました。
 すると、親ガラスが、地面へおりてきて、灰色オオカミから少し遠いところに、すわって言うことには、
「おお、りっぱな灰色オオカミさま、どうぞ、わたしの子を、見のがしてください。その子は、なにひとつ悪いことを、あなたにしないではありませんか」
「まあ、聞くがいい、カラス・カラスケ君」と、灰色オオカミが言いました。――「ぼくは、おまえさんの子を、このまま、ぶじに、はなしてやってもいいけれど、その代り、ひとつ頼みがあるのだがね。これから、九つの土地を三つかさねた、三十ばんめの国へいって、死の水と、命の水を、持って来てもらいたいのだ」
 すると、カラス・カラスケが、言うことには、
「かしこまりました。その役目は、はたしますから、どうぞその子の命だけは、助けてください」
 そう言うと、大ガラスは飛び立って、まもなく見えなくなりました。
 三日めに、大ガラスは、小さなビンを二つ持って、飛びもどってきました。一つのビンには、命の水がはいっています。もう一つのビンには、死の水がはいっています。そのビンを、灰色オオカミに渡すと、オオカミはそれを受けとって、まず子ガラスを、まっ二つに裂いて、死の水を振りかけました。するとたちまち、裂けた子ガラスのからだが、もとどおり、一つに合わさりました。それから、命の水を振りかけると、子ガラスは羽ばたきをして、空へ舞いあがりました。
 それから、灰色オオカミは、イヴァン王子に、死の水を振りかけました。すると、王子の死がいは、元どおり一つに合わさったので、こんどは、命の水を振りかけると、イヴァン王子は立ちあがって、言うことには、
「やれやれ、ずいぶん、ねぼうをしたものだなあ」
 そこで、灰色オオカミが答えるには、
「そうですよ、イヴァン王子。もしも、わたしがいなかったら、あなたはいつまでも、目がさめないところでしたよ。というのは、あなたのにいさんたちが、あなたを切りこまざいて、美しいエレーナ王女も、金のタテガミをした馬も、火の鳥も、みんなさらっていったのですからね。さあ、ぐずぐずしてはいられません。おおいそぎで、国へお帰りなさい。あなたのにいさんの、ヴァシーリイ王子は、きょう、あなたのいいなずけを、――あの美しいエレーナ王女を、およめさんにもらうのですよ。一刻も早く、国へ帰るためには、いっそ、このわたしに、この灰色オオカミに、乗りなさい。わたしが、送っていってあげますから」
 イヴァン王子が、灰色オオカミに乗ると、オオカミは、ヴイスラーフ王の国をめざして、まっしぐらに駈けだした。そして、アッというまもなく、都(みやこ)に着きました。
 さてイヴァン王子は、灰色オオカミにまたがって、町へあゆみ入って、やがて王さまの御殿まで来てみると、ちょうどにいさんのヴァシーリイ王子が、美しいエレーナ王女を、およめさんにもらうところでした。婚礼の式から帰って来て、これから酒(さか)もりになるところです。イヴァン王子が、広間へはいってゆくと、たちまち美しいエレーナは、王子の姿を見つけて、テーブルから立ちあがるが早いか、王子のあまいくちびるにキスをして、声をはりあげて言うことには、
「これが、わたしの大好きな花むこの、イヴァン王子です。あすこのテーブルにすわっている悪者は、まっかな、にせものです」
 そこで、ヴイスラーフ王は、席から立ちあがって、それはいったい、どういうことか、なにを言っているのかと、美しいエレーナ王女に、たずねました。美しいエレーナ王女は、包まずに、あったことを残らず、――イヴァン王子が自分を手に入れたこと、金のタテガミをした馬や火の鳥も手に入れたこと、にいさんたちが寝ている王子を切り殺したこと、しかもにいさんたちが、手がらはみんな自分たちが立てたのだと言えと、王女をおどかしたことまで、すっかり王さまに申しあげました。
 ヴイスラーフ王は、ドミートリイとヴァシーリイ両王子のしたことに、大そう腹を立てて、このふたりをロウヤへ入れました。いっぽうイヴァン王子は、美しいエレーナ王女を、およめさんにもらうと、仲よく愛しあって暮らして、一分間(いっぷんかん)にたりないあいだでさえ、たがいに離れていることは、できないほどでした。


・ストラヴィンスキー『火の鳥』の元となった民話の一つ。
なお、筆者は若い頃に組曲版を聴いたのみ。