エルショーフ「せむしの小馬」1 ― 2023年06月10日
エルショーフ『せむしの小馬』米川正夫訳
金のたてがみの馬
山をこえ、森をぬけ、また、山をこえて、森をぬけて、それから、ひろい海をいくつもわたったところに、としとった百姓がすんでいました。このおじいさんには、三人のむすこがいました。上の二人はりこうで、一人(いちにん)まえでしたが、下のイワンは、ばかでした。
あるとき、こまったことがおきました。夜、だれかがはたけへやってきて、むぎをあらすのでした。おじいさんは上のむすこたちとそうだんして、見はりをたてることにきめました。
はじめのばんは、一ばん上のむすこのダニーロがはたけへいきました。ところが、夜中に雨がふりだして、このにいさんはほし草の山のなかにもぐりこんで、ねてしまいました。
つぎの夜は、二ばんめのむすこのガヴリーロが、見はりにいきました。ところが、ちょうど風がふいて、さむい夜だったので、二ばんめのにいさんはとなりの家へにげだして、ひとばんじゅう、へいのかげにかくれていました。
三日めのばんになりました。しかし、イワンはのんきなもので、ペチカ(だんろ)の上にねっころがって、うたをうたっていました。そして、にいさんたちにおこられたり、なだめられたりして、やっとのことでぼうしをかぶり、パンをふところにいれて、でかけました。
夜もふけて、月がのぼりました。
イワンは、はたけをひとまわりすると、やぶのそばにすわって、パンをかじりはじめました。
ま夜中になると、ふいに、馬のいななく声がきこえました。みると、雪のようにまっ白なめすの馬が、地めんにとどくほど長い、金のたてがみをなびかせていました。
「ははあ、こいつがはたけをあらすのだな。ようし、首ったまにとびのってやれ」
イワンは、こうおもいましたが、め馬はぴょんぴょん、はたけの中をとびまわり、なかなかイワンをよせつけません。じっと、いきをころして、ようすをみていましたが、やがて、イワンは、ぱっととびだすと、長いしっぽをつかまえて、馬のおしりにとびのりました。
め馬はすっかりおどろいて、目をつりあげておこりました。矢のようにかけまわり、はたけの上でとんだりはねたりしたあげく、さくをとびこえ、みぞをとびこえ、山をはしり、森をかけぬけました。なんとかして、イワンをふりおとそうとしましたが、イワンはしっぽにしがみついて、はなれませんでした。
とうとう、め馬はつかれてしまいました。
「イワンさん、イワンさん、あなたはわたしのご主人です。わたしはあなたに子馬をうんであげましょう。どうか、わたしのやすむところをこしらえて、わたしのせわをしてください。三日(みっか)のあいだ、まい日(にち)、日(ひ)のでるまえに、のはらへつれていってください。三日をすぎると、子をうみます。それは、いままでみたことも、きいたこともないような、りっぱな馬が二とうと、それからもう一つ、とても小さな馬です。小馬はたった十五センチほどの大きさで、そのくせ、耳はからだのなんばいも長くて、おまけに、せなかにはこぶが二つあります。ほかの馬は人にうってもかまいません。けれども、小馬のほうはどんなことがあっても、けっして手ばなしてはいけません。さて、子馬をうんだら、わたしをのはらにはなしてください。おねがいです」
イワンは、め馬をまきばの小屋につれていき、さて、夜のあけるころ、うたをうたって家にかえりました。
「どうだった」
にいさんたちがききました。
「一ばんじゅう、ほしをかぞえて、おきていたんだ。すると夜中にあくまがきたよ。目はまっかで、かおはひげだらけで、ねこのようだった。そいつがはたけでおどって、しっぽでむぎをたおすのさ。いきなりそいつの首ったまにとびついてやったら、あくまめ、ぼくをさんざんふりまわすんだ。もうすこしで、あたまをわるところだった。だけどぼくがしっかりつかまって、はなれないものだから、そいつ、とうとうのびちゃってね。『どうぞ、たすけてください、もう、人間にわるいことはいたしません』って、いうのさ。だからはなしてやったら、ぴょこんと、あたまをさげて、地めんにもぐっちゃったよ」
こういって、イワンは、ペチカにはいあがると、あくびをして、ねてしまいました。
それから、なん日かすぎた、おまつりの夜のことです。上のにいさんのダニーロがおさけによって、ふらふらあるいているうちに、ふと、まきばの小屋にはいってみる気になりました。すると、どうでしょう! いままでみたことも、きいたこともないような、りっぱな馬が二とうと、ちっぽけな、おもちゃのような馬が一とういるではありませんか。小馬は、たけは十五センチほどしかなく、せなかにはこぶが二つもあって、おまけに、耳はからだのなんばいもあるのです。ところがほかの二とうは、目はこはく色にひかり、金のしっぽはなみのようにうずをまいてながれ、めのう色をしたひづめには、しんじゅがちりばめてありました。それは、王さまがのったら、さぞ、にあうだろう、とおもわれるような馬でした。にいさんは、おさけのよいもすっかりさめて、あわてて、おとうとのガヴリーロをよんできました。そしてつぎの日(にち)よう日(び)に、みやこで馬をうりとばすそうだんを、二人でかってにきめました。
日よう日になりました。夜おそくなって、イワンはようやく、まきばの小屋にやってきました。村のとおりをあるくときには、パンをかじりながら、うたをうたってあるくのですが、のはらへくると、手をこしにあてて、まるで、だんなさまのような、あるきかたになるのでした。
イワンが小屋にはいってくると、せむしの小馬はよろこんで、耳をパタパタさせながら、イワンのそばをはねました。しかし、だいじな二とうの馬は、小屋のどこにもみえません。イワンは、すっかりかなしくなって、小屋のかべによりかかって、おいおいとなきだしました。
「ああ、ああ、くりげとあしげのお馬さん、金のたてがみをしたお馬さん。ぼくが、あんなにかわいがっていたものを、いったい、どこのあくまがぬすんだのだ」
すると、せむしの小馬がいいました。
「イワンさん、なかないで。馬をぬすんだのは、にいさんたちです。しんぱいしないで、さあ、はやく、わたしのせなかにのりなさい」
イワンが小馬にまたがって、小馬の耳をしっかりつかむと、たちまち、小馬ははしりだして、あとには、ほこりがのこったばかりでした。
まばたきひとつするあいだに、イワンははやくも、にいさんたちにおいつきました。
「にいさんたち、ひとの馬をぬすむなんて、はずかしくないんですか。イワンは、あたまこそあなたたちよりばかだけど、心はずっと、しょうじきですよ」
にいさんたちは、すっかりこまって、いいました。
「いや、ほんとうにわるかった。かんべんしてくれ。ね、イワン、うちのくらしのくるしいことは、おまえもしっているだろう。ぼくたちが、いくらせっせと小むぎをまいても、やっと、その日のパンがたべられるだけだ。それに、年貢もおさめなければならないし、また、おとうさんのぐあいもよくない。それで、ゆうべぼくたち二人でそうだんして、とうとう、おまえの馬をうろうときめたんだ。そのかわり、おまえにはあたらしい赤いぼうしとながぐつを、みやげにかってきてあげるつもりだったのさ。さあ、これでわかってくれるだろうね」
「そういうわけなら、かまやしないさ。金のたてがみの、その馬は、二とうそろえてうりとばそう。だけど、ぼくも、いっしょにつれてっておくれよ」
こうして、きょうだい三人が、そろって、みやこへあるいていきました。
ふと、ダニーロが気がつくと、とおくのほうに火がみえました。ダニーロは、おとうとのガヴリーロに、そっと、あいずをして、いいました。
「ねえ、イワンや、あそこへいって、火をとってきてくれないか。このくらやみでは、道がわからないもの。それに、火うち石をわすれてきたんだ」
しかし、おなかのなかではダニーロは、こう、かんがえているのでした。
「へん、おばかさん。おまえなんかはあすこへいって、くたばりゃいいんだ」
ガヴリーロはいいました。
「ねえ、イワン。あすこにいるのが巡礼だったら、名まえをきいてきておくれ」
「いいともさ」
ばかのイワンはへいきなもので、小馬にのると、ひととびで、くらやみのなかに、きえていきました。
光のそばにちかよると、のはらはまるで、まひるのように明るく、かがやいています。しかも、そのふしぎな火は、いっこう、あつくもけむたくもありません。
「おどろくことはありません。そこにおちているのは、火の鳥のはねですよ。でも、ひろってはいけません。ふしあわせになりますよ」せむしの小馬はいいました。
しかし、イワンはかんがえました。『なんだって。これをひろわないでいられるものかい』
イワンは、それをひろうと、ハンカチにつつみ、ぼうしのなかにいれました。そして、にいさんたちのところにかえると、いいました。
「あすこでは、木のねっこがもえていたよ。いっしょけんめいおこそうとおもって、ふいてみたけど、とうとう、きえちゃったよ」
さて、あくる日の朝はやく、きょうだい三人はみやこにつきました。
市場(いちば)はひどいにぎわいです。うり手もかい手も、わらったりわめいたりして、おかねをかんじょうしています。
そこへ、市長のぎょうれつがやってきて、きょうだいのもっている、二とうの馬に目をとめました。市長は、びっくりしていいました。
「この馬をかってはならぬぞ。王さまにすっかりもうしあげてくるまで、みなは、さわぐのではないぞ」
こういいつけると、市長はいそいで王さまのごてんへはしっていきました。
市長からはなしをきいた王さまは、したくをすまして馬車にのり、ぎょうれつをそろえて、市場へでかけました。
王さまが市場につくと、みんなはひざまずき、「王さまばんざい」と、さけびました。
王さまは馬車からおりると二とうの馬のすぐそばにいきました。馬のせなかに手をおいたり、首すじをたたいてみたり、金のたてがみをなでたりして、いかにもほれぼれしたというようすで、みとれていました。それから、あたりのものに、こうたずねました。
「この馬のもちぬしは、だれか」
すると、イワンが、にいさんたちのかげからでてきて、まるで、金持ちのだんなのように、こしに手をあてたままで、こたえました。
「王さま、それは、わたしのですよ」
「それでは、二とうを、いくらでうるか」
「うるのは、いやです。とりかえましょう」
「では、なにがほしいのだ」
「銀貨をぼうしに十ぱいください」
王さまは、銀貨をぼうしに十ぱいはからせて、イワンにもたせ、またその上に、五まいよけいにやりました。
二とうの馬を馬小屋へつれていこうと、王さまのおつきの馬丁(ばてい)が十人もかかって、ひいていきました。ところが、馬はいきなりあばれだし、イワンのところにかけもどってしまいました。
王さまはこまりきって、イワンに、ごてんで、王さまの馬丁になってはたらくように、いいました。そのかわりに、金ぴかの赤いふくをきせ、しごとはすっかりまかせるから、のんきにはたらいてくれ、というのです。
「よろしい、これは、おもしろい。百姓が王さまのけらいになるのですね。よろこんで、やりましょう。でも、そのかわり、ぼくのことを、ぶったりいじめたりしないで、うんと、ねさせてくださいね。でなければ、いやだ」
こういって、イワンは、みやこのまちを、大きな声でうたいながら、あるきはじめました。すると、二とうの馬も、イワンのうたにあわせておどりだし、せむしの小馬も、ぴょっこりぴょっこり、足をまげてあるきだしました。
・註。
原作は詩であるが、これは散文に訳したもの。
私事で恐縮だが、「木馬座アワー」を思い出す。
あたま山 ― 2023年06月10日
あたま山
或る吝兵衛(けちべえ)さんという人がお花見に参りまして、何にも呑まず食わずというので、ボツボツ歩いていると、早咲きの桜がもうスッカリ桜実(さくらんぼ)になって落ちている奴に気がついて、
「これは有難い、何でも銭を使わずに歩いてればこういう旨い物が見つかる、オヤオヤこれは大層落ちている」
まだほんとうに熟していないのが、風の為に散りました奴を、無暗(むやみ)に摘(つま)んでは頬張った。中には実の入らないのもある。此奴は渋くっていけない、これは甘いというので、桜の木の根もとへ蹲踞(しゃが)みこんで、泥が付いているのも碌々(ろくろく)落さずに無暗に食(や)らかして、家へ帰って参りました。
吝「今日は俺は花見に行って宜(い)いものを食って来た」
女房「何をお前さん食べて来たかえ」
吝「ナニ銭を出しちゃァつまらないから、ちょうど桜実(さくらんぼ)が落ちていたから食べた」
女「アアそうかい、美味しかったろうね」
吝「ウム旨かった」
女「少し私にも持って来てくれれば宜(よ)かったに」
吝「持って来ようと思っている内に皆食べてしまった」
大笑いです。スルと頭が少し痛んで参りまして、どうした事かと思っている内に、泥の付いた桜実(さくらんぼ)を食ったもんだから、頭の上へ桜の木の芽が吹いて来た。
吝「サアこれは大変な事になってしまった、嚊(かか)アどん、大きくならないうちに芽を刈(か)ってくれろ」
というので、早速芽の出た奴を鋏で剪(き)ってしまいました。心(しん)を止めるから幹が段々太くなって、益々頭が脹(は)れて来る。大きな桜の木が出来るというような事になりました。何でも木の周囲(まわり)が七八尺もあろうという、これがまた枝垂(しだ)れ桜というので、サアどうも吝兵衛(けちべえ)さんの頭山(あたまやま)の桜の見事な事、そうなると大変でございます。この頭へお花見が出るというような工合(ぐあい)で、ドンドン騒いで歩く、茶店を出す奴がある、法界節(ほうかいぶし)やサノサ節などが来ようというんですから堪らない、どうも頭の山の流行ること、ドンドン飛んで歩く。
吝「アアどうも堪らない、嚊(かか)アどん、こう人が出ちゃァ堪らねえ。オヤオヤ誰か辷(すべ)って落っこった奴があるよ、いけねえなァ……これァ驚いた、耳の所へ足を踏掛(ふんが)けて又上って行きゃァがる、オヤオヤ頭の此方(こっち)の方がビンビンしてカッカと逆上(のぼ)せて来た、どうしたんだか一寸見てくれ」
女「アレアレ大変だよ、お前の頭の隅へ穴をあけて、火をおこしてお酒のお燗をしているよ」
吝「オヤオヤひどい事をしやァがるな、畜生(ちきしょう)め、人の頭の上でそんな事をする奴があるものじゃァねえ。そんな所で火などを燃(も)されて堪るものか、これは一番落花狼藉(らっかろうぜき)という事があるから、いっその事花を散らしてしまえ」
というので吝兵衛さん、ひと振り頭を振ったから堪りません、ソレ花嵐(あらし)だ花嵐だというのでゴロゴロゴロ転がり落ちる、花もみんな散ってしまいました。
吝「マアいい塩梅だ、これでスッカリ花を散らしてしまったから、人も来ないだろう、併(しか)しこれから毎年頭の上で、花が咲いたたんびにこんな目に遇(あ)わされた日にゃァ叶(かな)わないから、これはいっその事抜いてしまった方が宜(よ)かろう」
女「その方がいいでしょう、其(それ)じゃァご近所の方を頼んで」
というので、町内中の人を頼みまして、この頭の山の桜の木を抜こうというので、縄を付けて大勢これに捉(つか)まって、エンヤラのドッコイショと木遣(きやり)で遂々(とうとう)これを引っこ抜いてしまいました。スルと余り桜の根が張っていたので、それを抜くと其所(そこ)へ大きな穴があきました。
吝「アアこれでスッカリ爽々(せいせい)した」
ある時表へ出ますと、大夕立(おおゆうだち)に出遇(であ)いましたから堪(たま)る訳のものじゃァない、頭の穴へ水がいっぱい溜ってしまった。これをあけてしまえば宜(い)いのだが、其所(そこ)が吝兵衛さんだから、
「これはいい塩梅だ、冷たくっていい、マア水を溜めておこう」
女「お前さんあけてしまっておく方がいいよ」
吝「ナニそうでねえ、水を溜めておく方が、始終頭が冷々(ひえびえ)していい心持だ」
とこの水を溜めておく中(うち)に、段々これが腐ってまいりまして、終(しま)いには孑孑(ぼうふら)がわく、鮠(はや)ッ子がわく、鮒がわく、鯰がわく、鯉がわくというような事になった。スルと今度はこの池へ釣師が沢山出る。
吝「オヤオヤこれは驚いたな、鯉や鰻がわいたんで釣を始めやァがった、一つ遁(のが)れて又一つ、漸(ようや)く桜の木を抜いて蒼蠅(うるさ)くなくなったと思ったら、又水が溜って魚(さかな)がわいたので釣を始めやァがった、川魚(かわうお)は何でも釣れるから、大層釣師が出る、アレ、誰か鼻の穴へ針を引っ掛けやァがった、アイテッ、これは堪らねえ」
軈(やが)ての事に網船(あみぶね)が出るような事になる、芸者を連れてスチャラカチャンと大陽気(おおようき)に船で遊んで歩く。アアこんな苦痛(くるしみ)をする位なら、いっその事ひと思いに死んでしまおうと、筋斗打(もんどりう)ってドブーンと自分の頭へ身を投げた。
・この咄を知ったのは学生時代。聴いたのでは無く、何かの本で読んだ。読後、これを連想した。
『徒然草』第四十五段。
公世(きんよ)の二位の兄人(せうと)に、良覚僧正と聞えしは、極めて腹あしき人なりけり。坊の傍に、大きなる榎の木のありければ、人、榎の木の僧正とぞいひける。「此の名然(しか)るべからず」とて、かの木を切られにけり。其の根のありければ、切杭(きりくひ)の僧正といひけり。いよいよ腹立ちて、切杭を掘り捨てたりければ、その跡大きなる堀にてありければ、堀池(ほりけ)の僧正とぞいひける。
・例によって「何となく」である。こちらは高校生の頃に読んだと思う。
第二百四段 ― 2023年06月10日
取り敢えず、お望み通り「米国史に名を残す」事には成功した訳だ。
――御同慶の至りである。