ロビン・フッド 12022年04月18日

ロビン・フッド    水谷まさる著

一、弓の射(い)くらべ

 遠いむかしのこと、プランタジネット王系(おうけい)の先祖のヘンリイ二世が、イギリスを支配していたころのお話である。ある日、一人の若者が、シャアウッドの森のなかを、足どりはやく歩いていた。
 背の高い、しっかりした骨ぐみの、きれいな顔をした若者で、緑色のジャケツを着て、緑色のズボンをはき、おなじ緑色の目(ま)びさしのない帽子をかぶっていた。たくましい肩には、強弓らしい弓をかけ、腰には、たっぷり三尺はありそうな矢をさした矢筒(やづつ)をさげていた。そして皮の腰帯には、みじかい木こりなたをはさんでいた。
 かしの大木が空をついてならんでいる森のなかを、若者は急ぎ足に歩いていったが、やがて、ふと目にはいったのは、むこうの木(こ)かげをすばやく走ってゆく角(つの)じかの群(むれ)であった。若者は立ちどまるがはやいか、片手で肩の弓をおろし、もう一つの手で、矢筒から矢を一本ひきぬいた。
 けれど、若者は、急にはっとして、弓に矢をつがえることをやめた。それというのは、ここは王室所有林で、角じかは王さまの飼物であるから、その一頭なりとも射殺(いころ)そうものなら、それこそとんでもない目にあうということを思い出したからであった。すなわち目玉をえぐりとられ、いっそはやく生命(いのち)をとられるほうがましなくらい、むざんに切りさいなまれたものである。
 それともう一つ、弓に矢をつがえることをやめた理由があった。それは、今、若者は、林務官(りんむかん)になって王さまに仕えたいというわけで、ノッティンガムへゆく途中であるから、王さまの角じかを射ることは、じぶんの目的にそむくからであった。
 そこで、若者はそのまま大またに歩きはじめ、ひいらぎや、はしばみのしげみがあちこちに生えている草原を、ずんずん横切ってゆこうとした。すると、にわかに鋭い声が耳をうった。
「とまれ! 王さまの御所有なさる草原を、大たんにも通りぬけようとするやつは、いったいどこのなに者だ?」
 若者は、声のするほうを見た。目にはいったのは、ひいらぎのやぶのかげにすわっている五、六人のすがたで、なかの一人は立っていた。とがめだてをしたのは、その立っている男であった。かれらが林務官であることは、服装(みなり)でわかったので、若者はすぐに立ちどまり、うやうやしく挙手(きょしゅ)の礼をした。そして、銀の角笛(つのぶえ)を持っているところから察して、隊長らしく思われるその立っている男にむかって答えた。
「わたしは、ロバート・ヒッズースという者です。みんなはロビン・フッドと呼びます。両親は死んでこの世にいません。今、わたしは、ノッティンガムへ行くところです。」
「なんのためにゆくのだ?」
「王さまの林務官として、使っていただきたいのです。」
 すると、隊長はあざけるように笑いながらいった。
「いうは易し、おこなうは難しだ。土地を持たぬならず者や、主人を持たぬあぶれ者は、みんなおれたちの仲間になりたがる。だが、おまえみたいな青二才(あおにさい)が、なんの役にたつ? おまえの弓だけは一人前らしいが、ほかにおまえになにがあるというのだ?」
 その時、部下(てした)の一人が口をはさんだ。
「いや、あの弓は、とてもたいした弓だ。月たらずの青二才に、あの弓がひけてたまるものか!」
 すると、また隊長があざけった。
「ひくって? ばかな、ひくどころか、ただ見せびらかしに持っているんだ!」
 ロビンの晴れやかな目は、その言葉を聞くとさっと光った。若々しい顔には、かっと血がのぼった。とたんに、かれは思わず口走った。
「そんなら、どなたとでもいい。的の射くらべをやりましょう。」
「よし、それじゃ、なにをかける?」
 ロビンは、ぷんぷんしながら答えた。
「わたしは一文(いちもん)なしです。あなたがたが財布(さいふ)をかけるなら、わたしはこの首をかけましょう。むろん、あなたがたのえらんだ的に、文句はつけません。」
「よし、かけたぞ! 的はあれだ!」
 怒ってそういった隊長は、草原のむこうの、森へはいる道のあたりを指さした。そこには、しかの群が今しも立ちどまったところであった。先頭にいるのは、美しい姿のめじかで、角をふりあげながら、前脚(まえあし)でいらだたしく地面をけっていた。
 ロビンは、だまって弓を手にとり、弦(つる)を張ってしまうと、矢筒から一本の矢をぬいてあてがった。それから、ぐっと力をこめて、全身を弓のなかへひきこむようにして、弓をひいた。さすがの林務官たちも、そのようすを見て、なみなみの者でないことを知った。
 やがて、ちょうど矢尻(やじり)までひきしぼった時、隊長がふいに大声でさけんだ。
「おまえは、首をかけたのだぞ! 忘れるな、青二才!」
 一生けんめいに、ねらいを定めているロビンの手もとをくるわせようと思って、隊長はそうさけんだのであったが、てんで耳にとめたようすもなく、ロビンは一心(いっしん)にするどい目で、矢尻と的とをあわせた。
 まもなく、ぶうんと弦が鳴ったかと思うと、矢は大きなはちのようなうなりを出して、風を切ってとんでいった。つぎのしゅんかん、大きな角じかははねあがったかと思うと、横に倒れて死んでしまった。矢はその心臓をつらぬいたのである。
 あまりのみごとさに、林務官たちは、しばらく口もきけないでいたが、そのうちになにか小声で話しはじめた。
 ロビンは、もの静かに隊長のほうへむきなおっていった。
「わたしは、財布のかけに勝ちました。」
 隊長は悪魔のような笑いをうかべて、
「おまえの勝ったのはほんとだが、おまえは法律をおかしたのだぞ。あのしかは王さまのしかだ。この森で、しかを殺せば、どうなるか知っているはずだ。さあ、この青二才をしばってしまえ。」
 と、あざけるような調子で答えた。
 ロビンは、とんだ災難にかかったことに気がついて、すぐに逃げようとしたがおそかった。時をうつさず、二人の林務官がおどりかかってきて、またをすくわれ、地面にうち倒され、弓の弦で手足をしばりあげられてしまった。
 それを見て、隊長はばかにしたような笑いかたをしていった。
「さあ、おれたちは、しか殺しの悪者をいけどったぞ。近ごろ二、三どしかを殺されたので、長官のきげんがわるかったが、きょうというきょうは、長官のきげんをなおすことができるぞ。」
 その言葉を聞いたロビンは、この卑(ひ)きょうな裏切者たちへの憎しみで心はいっぱいになった。部下たちは、隊長の言葉を聞いて、小気味(こきみ)よさそうに、わあっと、はやしたてた。
「そうだ、こういう悪者は、ちょうど似合うようなやりかたで、運んでゆこうじゃないか。」
 部下の一人がいうと、隊長は、
「どんなふうに運ぶんだ。え、ヒュウバート?」
 と、尋ねた。
「あいつの殺したしかの皮をはいで、それにつつんでゆくんでさあ。」
「うまい考えだ。さあ、しかの皮をはげ。それから、こいつをつつんでしばりあげろ!」
 隊長の命令で、林務官たちは、ナイフですばやくしかの皮をはいでしまった。ロビンは、そのなまあたたかい、脂ぎった皮につつまれ、皮のあわせ目は、予備の弦でぬいつけられた。そして、しかの頭(あたま)を切りとったところから、ロビンの頭はだらりと外に出ていたが、体はすっかり皮につつまれてしまった。
 前途はまっ暗であった。ロビンの目には、ノッティンガムの市場にひき出されて、死刑執行人の手に渡され、おそろしい刑罰をうける自分の姿が浮かんだ。かれは、どうかして自由になりたいと考えて、毛皮の中で体をねじくったり、むきを変えたりした。けれど、とても強くしっかりしばられていたので、もちろん、それはむだな努力であった。
「ところで、この悪者をどうやって運んでゆくのかね?」
と、林務官の一人がいった。
「おれも、そのことを考えていたところだ。なあディッコン、ここへくる途中で、サキソンのかせぎ人(にん)が木を切っていたじゃないか。十町(じっちょう)とははなれていないはずだ。ほれ、静かにしろ、音がしてやしないか?」
 隊長の言葉で、みんな聞き耳をたてた。なるほど、遠くでおのの音がしていた。
「ひとッ走(ぱし)り走(はし)ってゆけ。え、ディッコン! そして、あいつらが丸太を運ぶ時に使うそりを、あいつらに引かして連れてきてくれ!」
 ディッコンは、さっそく走っていった。まもなく、三人の木こりにそりを引かせて帰ってきた。
「この悪者をそりにのせて町まで引いてゆけ、おれたちはついてゆく。」
 隊長は、木こりたちにそう命令した。三人の木こりは、みんな牛の皮のジャケツを着て、牛の皮のきゃはんと靴とをはき、見るからに粗末な服装をしていた。髪の毛はもつれたままを束(たば)ねて、頭には何もかぶっていなかった。二人はもう老人で、林務官をおそれてすぐにその言葉に従ったが、一人は肩はばの広い、がっちりした体格の三十ぐらいの男で、そう素直(すなお)に従おうとはしなかった。
 けれど、まもなくかれらはロビンを持ちあげて、両側に板のわくの立っているそりの上にのせた。そして、綱をとってそりをひき出した。草原を十町ほどゆくと、車の通った跡のついている道へ出た。さあ、そりははねたりおどったりした。ロビンはわくにぶつかるばかりか、しかの皮が体をしめつけるので、苦しくてたまらなかった。惨酷な林務官たちは、そりのあとからついてきたが、自分たちの捕物(とりもの)が、苦しんでいる有様(ありさま)を見て、愉快そうに笑った。
 ところが、ふいにそりがとまった。隊長は前へ進んでいって、弓をふりあげるが早いか、いきなり若い木こりの肩を強くなぐった。
「こら、悪党! おまえは本気で引いていないな、おれたちに、サキソン人のずるい性分(しょうぶん)をあらわすのか!」
 隊長は、なおも頭や肩さきをなぐりつけた。若い木こりの手は、腰の広刄(ひろば)の短刀にかかった。けれど、老人の木こりの一人が大声でとめたので、かれは手をひっこめ、むちに追われる馬のようにそりをひき出した。
「ウィル、ひくんだ、ひくんだ、林務官を怒らすものじゃねえよ。」
 老人の言葉を聞きつけて、隊長はいやしい笑いを浮かべながらいった。
「そうだ、じじい、おまえはほんとのことをいう。その忠告はたしかにいいわい。林務官を怒らさぬが得だぞ。さ、ひけ、サキソンの犬め。」
 そういって、隊長は若い木こりをまたなぐりつけた。みだれさがった髪の毛のかげで、かれの目はまっかにもえた。
 まもなく道をまがると、五、六軒の家がかたまっている小さな村へ出た。すると、ヒュウバートが叫んだ。
「酒屋だ、酒屋だ。どうだ、ここでひと休みとしようじゃないか。」
 みんなさんせいした。そりは戸口の前にとまった。林務官たちは、どやどやと入(はい)りこんで酒を註文(ちゅうもん)した。かれらはさかんに飲んだが、一人がふいに叫んだ。
「見ろ、あすこに仲間の一隊がやってきたぞ。だれかつかまえてきたらしいぞ。」
 それは五人の林務官たちで、手首と腕とをしばった二人の男をひきたてて、この村へくるところであった。隊長はそれを見ると、喜んで叫んだ。
「うまいぞ、うまいぞ! 森にかくれていたならず者を、二人もつかまえてきたぞ。あの二人と、おれたちのつかまえたこの悪党とを見たら、どんなに長官が喜ぶか知れないぞ。」
 隊長と部下の者たちは、どうやってその二人をつかまえたのか、聞きたくてたまらなかったので、新(あら)たにきた一隊を迎えに出た。



フランスの小説に対し、イギリスの伝説。ドーヴァー海峡を渡っただけで似たり寄ったりと思われるかも知れないが決して bluff では無い。東洋の『西遊記』を出したので、西洋の説話を引っぱり出したという意味もちょっとある。
一般的には、ハワード・パイル(Howard Pyle、1853年-1911年)作(編?)の『The Merry Adventures of Robin Hood』(1883年)が有名だが、この訳の原書は異なるらしい。パイルの作には「ロバート・ヒッズース(Robert Fitzooth)」という名は出て来ないようである。