第百二十六段2022年07月25日

・COVID-19ウィルスの変異が烈しいらしい。まあ、シンプルな構造体の方が mutability が高いと言うのは尤もである。
「ヒト」と言う生命体は構造がややこしいので、mutation をするのは結構大変だろう。サイボーグ009のような物理的な外科手術など、外部から何からの働きかけをしない限り。A・C・クラーク作『幼年期の終り(Childhood's End)』では「Overlord」と言う外部からのメンターが現われたが。

・「舌の根も乾かぬうちに」って奴か。満洲侵攻の前例があるからさほど驚かないが、露骨すぎる。
プーチンが「資源」を武器にすることは想像出来た。ひょっとすると「最終兵器」とは「民主主義国の世論(public opinion)」かも知れない。「冬をどう生き延びるか」と「ハンバーガーが不味くなった」では、切迫の度合いが違う。抑も、独裁国家では「民の声」なんてものは育つ前に圧殺される。某国のように、民の不満を「地方政治」や「一企業」に向けて「ガス抜き」をすれば、「中央政権」は安泰である。
犯罪者を最前線に送るつもりのようだ。所謂「懲罰部隊」の一種か。まあ、彼等には「岸壁の母の会」は無いだろう。

・再掲。


金毛の羊皮 82022年07月25日

(八) 航海中の出来事

 アルゴー艦の一行は、イオルコスの入江を出発した後、アフェタイという処で、西南の風を待つ間に、ヤソンを船長に選び、一頭の牛を殺して、ヘラの女神を祀り、その血を啜って、互いに厳粛な誓約を立てた。それは金毛の羊皮を取って帰るまでは、どんな事があっても、ヤソンと生死を共にしよう、若(も)しこの誓いに背(そむ)いたら、復讐の女神エリニエスの罰を受けようというのであった。
 一行は其処(そこ)から東の海に向って出発し、セピヤスの岬を左に見て、シヤトスの島を過ぎ、最初はマグネシヤの海岸に沿うて北進したが、程なく進路を東に転じてレムノス島へ着いた。その時この島の住民は、女神アフロヂテの扇動(おだて)に乗って、島中の男子を殺して、女ばかりが残っていたので、一行は暫くこの島に逗留し、殺された王の葬儀に列して、盛んな競技を催し、それぞれに生き残った女等(ら)と結婚した。やがて一行はこの島を出発して、ヘレスポントスの海峡に進入し、アビドスの瀬戸を過ぎて、その頃プロポンチスと呼ばれていた今のマルモラ海へ出た。この海中の一島で、一行はまたドリオン族の王キジコスの歓待(もてなし)を受けたが、その夜山上から一群の巨人が襲来した。是等(これら)の巨人は、何(いず)れも六本の腕を備えて、同時に弓を彎(ひ)き、剣を舞わし、槍を揮(ふる)い、棍棒を振廻して向って来たが、ヘラクレスの毒矢にかかって、暁方(あけがた)までに残らず退治されてしまった。併(しか)し夜中(やちゅう)の戦争で、敵味方の弁別がつき難(がた)かった結果、不幸にしてキジコス王も亦(また)乱軍のうちに斃(たお)れたので、勇士らは懇(ねんご)ろにその遺骸を葬り、オルフェウスはその霊妙な歌を以て王の霊を慰めた後、ミシヤの海岸に沿うて船を進めた。
 この間に強力無双(ごうりきぶそう)のヘラクレスは、力に任せて漕いだために、とうとう自分の橈(かい)を折ってしまったので、リンダコス河の河口を過ぎて、玄武岩の高い岩壁に囲まれた静かな入江へ着くや否や、彼は真先に上陸して、橈にする木を伐(き)りに林の中へ入って行った。ヘラクレスは弓と矢を持たせるために小姓のヒラスを連れて、この一行に加わったが、今ヒラスはヘラクレスが林へ入って行く後姿(うしろすがた)を見て、忍び足につけて行ったが、谷の中で不図ヘラクレスの姿を見失った。ヒラスは谷の中を迷っているうちに、美しい湖水の畔へ出た。湖水の面(おもて)には、睡蓮の花が一面に咲揃(さきそろ)った間に、一群の神女(ニムフ)が、踊ったり、跳ねたりして、楽しそうに遊んでいたが、この美少年の水辺に近づく姿を見ると、一斉に駈け寄って、目色(めいろ)に媚(こび)を浮べながら、道に迷って泣出(なきだ)さないばかりになっているこの少年の手を取って、湖水の底へ引込(ひきこ)んでしまった。ヘラクレスは船へ帰った後、初めて自分の愛する少年のいなくなったことに気がつき、再び林へ引返(ひきかえ)して、ヒラスの名を呼んで、其処ら中を尋ね廻った。その声は丘から丘へ響き渡ったが、湖の底までは達(とど)かなかったと見えて、ヒラスは終(つい)に何の答えをも与えなかった。ヘラクレスは捜し倦(あぐ)ねて、余儀なくヒラスの捜索をミシヤ人に頼んで置いて、再び港へ立戻ったが、その時にはアルゴー艦は、折からの順風に帆を揚げて、入江を出た後だったので、ヘラクレスは地蹈鞴(じだんだ)を踏んで悔しがったが、とうとう一人きり取残(とりのこ)されて、コルキスの地をも見ずに、空しく此処から帰国した。
 さてアルゴー艦の一行は、ボスポロスの入口まで来て、飲水(のみみず)が尽きたので、泉を捜しに上陸すると、その近くに一つの泉が見付かったけれども、爰(ここ)には海神ポサイドンの子で、アミコスという巨人が番をしていて、泉に近づく者があると見れば、誰にでも拳闘を挑んで、一撃の下(もと)に打殺(うちころ)してしまうというので、この辺の者は恐れて誰一人近づかなかった。一行はこの噂を聞いて、直ぐにポリデウケスを送って、巨人と試合をさせた。先方は身体こそ大きいが、力こそ強いが、此方(こっち)はギリシャの全土にも鳴り響いた拳闘の名人なので、手もなくアミコスを打倒(うちたお)し、一本の大木へ鎖で繋いで置いて、水を汲んで帰って来た。それから後は、この近辺の住民はいうまでもなく、林の鳥や、獣に至るまでも、自由にアミコスの泉に近づけるようになった。
 ボスポロスの海峡を出ようとする辺(あたり)に、予言者として名高い盲王(もうおう)フィネウスの国がある。このフィネウスは、以前北風ボレアスの女(むすめ)のクレオパトラを娶(めと)って王妃にしながら、後になって一人の毒婦に迷って、王妃を逐出(おいだ)した上、その生んだ二人の子の眼を潰して、人跡の絶えた岩の上へ棄ててしまった。ゼウスの大神(おおがみ)はフィネウスの大罪を憎んで、王を盲目にした上に、ハルピイアという三個(みっつ)の怪物を送って、王に永遠の苛責(かしゃく)を与えた。ハルピイアというのは、顔と頭髪(かみのけ)とは美しい処女(おとめ)の姿をしているが、鷹のような翼と爪を具(そな)えて、いつも飢餓のために青白い顔をしている怪物で、フィネウスの食卓に食事が並べられるのを見ると、何処からともなく飛んで来て、その食物を引攫(ひっつか)んで、風のように飛んで行ってしまうのが例であった。盲王はアルゴー艦の一行を迎えて、この苦しみを訴え、若(も)しこの災難を除いて呉れたら、そのお礼には、これから先の海路を無事に越えて行く方法を教えようと申出(もうしで)た。その時、北風ボレアスの二人の子のゼテスとカライスが、翼を拡げて起(た)ち上がった。
「フィネウス、我々を知らないか?」と翼のある兄弟が叫んだ。「お前には我々の背中に生えているこの翼が見えまいな!」
 之(これ)を聞くと、フィネウスは怖(おじ)けたように両手で顔を隠してしまった。
「フィネウス、お前は道に背いた事をしたので、大神がハルピイアを送って、お前の罪を責めるのだ。」と翼のある兄弟は、盲王に詰め寄って言った。「我々の姉を何処へやった? お前が毒婦(どくふ)の言葉に迷って、残酷な目に逢わせた我々の甥は何処にいる? 爰(ここ)で姉と甥を元々通(もともとどお)りに王宮へ連れ戻して、あの淫婦(いんぷ)を放逐(ほうちく)することを誓うなら、お前の災難を除いて、あの旋風(つむじかぜ)の処女(おとめ)らを、南の国へ逐(お)い返してやるが、何(ど)うだ?」
 フィネウスはこの言葉を聞くや否や、喜んで誓いを立て、即座に毒婦を宮中から追放し、前の王妃と二人の王子を尋ね出して、宮中へ迎えた。ヤソンは不思議な薬草の力で、二人の王子の眼を元の通りに治(なお)してやった。其処でゼテスとカライスの兄弟は、一行に別れを告げて立上がると、もう翼を張ってハルピイアの後を追い上(のぼ)った。その時ボスポロスの空では、風と風との戦いが始まって、暫くの間は全市(ぜんし)を揺(ゆる)がし、大木を捩(ね)じ倒し、ボスポロスの水は泡を立てて湧き返ったが、やがてハルピイアはだんだんと南方へ駆逐されて、狂風の声は南の空へ薄れて行った。そしてその通り過ぎた後には、風が凪(な)いで、美しい日光が輝き出した。併しゼテスとカライスは、この時ハルピイアを追って南の海へ行ったぎり、再びその姿を現わさなかった。