「いさましいちびっこのしたてやさん(抄)」グリム兄弟2022年06月15日

「いさましいちびっこのしたてやさん」より グリム兄弟 金田鬼一訳

 ある夏の朝のこと、ちびっこの仕立(したて)やさんが、窓ぎわの仕立台(したてだい)に腰をかけて、上(じょう)きげんで、死にものぐるいに、ぬいものをしていました。そのとき、どこかの百姓女が町の上手(かみて)からやってきて、
「じょうとうのジャムは、いかが! じょうとうのジャムは、いかが!」と、声をはりあげました。
 これが、したてやさんの耳に、いかにも気もちよくひびきました。したてやさんは、こぢんまりした頭を窓のそとへつきだして、
「ここへあがってきて! おかみさん、ここで荷があきますよ」と、よびたてました。
 おかみさんは、おもたいかごをもって、階段を三つもあがって、したてやさんのとこへきて、言われるとおりに、壺をみんなだしてみせました。したてやさんはそのつぼを一つのこらずしらべてみました。つぼをいちいちもちあげて、つぼへ鼻を押っつけて、あげくのはてに、
「このジャムがよさそうだ。おかみさん、どうぞ四ロートだけはかってください。なあに、こっちは、四分の一ポンドぐらいあったってかまやしないがね」と言いました。(四分の一ポンドのほうが、たいへん多いのです)。
 おかみさんは、しこたまさばけると思っていたのですが、したてやさんのくれというだけ売って、むしゃくしゃ腹(ばら)で、ぶつぶつ言いながら行ってしまいました。
「な、このジャムを、神さまがわしにくだしおかれる。ありがたいこっちゃ。わしに力をさずけ、わしを強くしてくださるのだ」
 ちびっこのしたてやさんは、大きな声でこう言いながら、戸棚からつながってるままのパンをとりだすと、それを、大きいなりに一(ひと)きれへぎとって、べたいちめんにジャムをなすりつけたものです。
「これじゃあ苦味はあるまい。だが、まてよ、ぱくつくまえに、このジャケツを仕あげちまおうや」
 したてやさんはこう言って、パンをすぐそばへおいて、さっきのつづきを縫いだしましたが、うれしいので、針のはこびは、だんだんはやくなりました。ところが、そのうちに、あまいジャムのにおいが壁をつたわって上のほうへあがっていきました。すると、かべには蠅がたくさんとまっていて、それが、においにおびきよせられて、パンの上へ群(むらが)っておりてきました。
「やい! だれが、てめえたちにきてくれってった?」
 こう言って、したてやさんは、招(よ)びもしないのにかってにやってきたお客さまたちを追っぱらいました。けれども、蠅はドイツ語がわかりませんから、追いはらわれても、逃げるどころか、あべこべに、だんだんなかまをかりあつめて、いくたびでもやってきました。こうやってるうちに、これは、世間でよくたとえに言うことですが、とうとう、ちびっこのしたてやさんの肝(かん)の臓(ぞう)を、しらみがはいだしました(肝臓は怒(おこ)りむしの住みかです、そこを、しらみにむずむず這いまわられてはたまらない、だれだって、かんしゃくだまを破裂させて、おこりだします)。したてやさんは、ぐっと腕をのばして、俗(ぞく)に「地獄」といって、裁(た)ちはずしの布(きれ)をつっこんでおく仕立台の穴から、細(ほそ)はばのラシャをつかみだすが早いか、
「待ちな! てめえたちにゃあ、これでもくれてやる」とばかり、なさけ容赦もなく、蠅をたたきつけました。
 それから、布をどけて、かんじょうしてみましたら、はえは、したてやさんの目の前に、ちょうど七ひきだけ死んで、脚をのばしていました。
「いよう、おれさまも、こんなやろうだったのか」
 したてやさんはこう言って、じぶんの勇ましいことに、じぶんで感心しずにはいられませんでした、「こいつは、町じゅうへ知らせてくれるぞ」
 それから、大急ぎで帯を一本裁(た)って、それを縫いあげると、大きな字で、それへ、『ひとうちで七ひき』と、ぬいとりをしました。
「町なんか、なんだい!」したてやさんは言葉をつづけました、「世界じゅうへ知らせにゃならん」
 こう言ってみると、ちびっこのしたてやさんの心(しん)の臓(ぞう)は、うれしさのあまり、子羊のちょんぼりした尻尾みたように、ふらふら動きました。
 したてやさんは、その帯を腰にまきつけて、世界へ乗りだすことにしました。しごと場(ば)なんぞは自分が勇気をふるうには小さすぎると考えたからです。旅だちをするまえに、なにか持っていけるものはないかと思って、家(うち)じゅうさがしてみました。けれども、見つかったのは、古い乾酪(チーズ)一(ひと)かたまりだけで、とにかく、それをかくしへつっこみました。町はずれで、小鳥が一羽、灌木(かんぼく)のなかにはいりこんで、出られないでいるのを見つけました。鳥は、いやおうなしに、かくしへはいって、チーズと同居することになりました。
 これで、したてやさんは、いよいよ大股をひろげて、勇ましく歩きだしました。なにしろ、めかたはなし、いたって身軽(みがる)な人ですから、疲れることもありません。
 歩いてる路は、ちびっこのしたてやさんを山へつれこみました。そのてっぺんまで行ってみると、そこにはおそろしい大入道(おおにゅうどう)が一人いて、のんびりと、あたりをながめていました。ちびっこの親方は、怖(お)めず臆(おく)せず、大入道のところへ、つかつかと行って、
「いよう! きょうだい。どんなもんじゃ、貴公(きこう)はそこにぶっつわって、ひろびろした世界を見物しとるのだな。おれは、たった今、世界へ乗りだす途中さ、運だめしをしようと思ってな。貴公、いっしょに行く気はないか」と、話しかけました。
 大入道は、したてやさんをながめて、てんで相手にしず、
「どこの馬の骨だい。けちくせえ野郎だ」と言いました。
「なんとでも言いなよ」
 ちびっこのしたてやさんは、返事をしながら上衣(うわぎ)のボタンをはずして、大入道に例の帯を見せました、「おれがどんな男だか、こいつを読みゃわかる」
 大入道は、『ひとうちで七ひき』とあるのを読んで、これはしたてやさんのぶち殺した人間のことだろうと勘ちがえして、このちびっこを、ちっとばかり尊(たっと)ぶようになりました。けれども、まず試してやろうと思って、ありあわせた石を手にとって、ぎゅうっと握りしめると、石から、しずくが、ぽたぽた垂れました。
「きさまが強けりゃ、このとおり真似してみな」と、大入道が言いました。
「なあんだ、それっきりか。そんなこた、おれたちのほうじゃ、子どもだましだよ」
 ちびっこのしたてやさんはこう言って、かくしのなかへ手を突っこむが早いか、例のやわらかいチーズをつかみだして、ぐっとにぎりしめたので、汁が、だらだら、だらだら、流れだしてきました。
「どんなもんだい! ちいっとばかり上手(うわて)だろうが」と、したてやさんが言いました。
 大入道は、なんと言っていいかわかりません。そして、このちびっこにそんなことができるなんて、ほんとうとは思えないのでした。そこで、石を一つひろって、それを、目では見えないくらい高くほうりあげました。
「それっ、雄鴨(おがも)の豆ぞう、このとおりにやってみな」
「うまくほうったな。だが、あの石はやっぱり地(じ)べたへおっこちたねえ。おれも、ほうってみせるがね、おれのやつは、二度と再びもどっちゃこないぞ」
 したてやさんはこう言って、かくしへ手をつっこんだかと思うと、例の小鳥をつかんで、空中へほうりあげたものです。鳥は自由になったのを喜んで、上へあがったまま、どこへ飛んで行ったか、二度とかえってきませんでした。
「こんなことでいいかね、きょうだい」と、したてやさんがたずねました。
「物をほうるのは、きさま、なかなかやるのう」と、大入道が言いました、「だが、こんどはな、きさまに気のきいたものがかつげるかどうか、ためしてみるぞ」
 大入道は、ちびっこのおやかたを、ばかばかしく大きなかしわの木が地面にたおれているところへつれて行って、
「きさまがそんな力もちなら、おれに手をかして、この木を森の外へかつぎだしてくれ」と言いました。
「ああ、いいとも」と、ちびが返事をしました。「かまわないから、貴公は、この幹をかついでくれ。おれはな、大枝を小枝ぐるみにもちゃげて、ひっかつぐから。こいつは、いちばん骨のおれる仕事だわい」
 大入道は幹をかつぎました。すると、したてやさんは、いいかげんな大枝へちょこんと腰をかけました。大入道はふりむくことができないので、否応(いやおう)なしに大木をまるごとかついだうえ、もう一つおまけに、ちびっこのしたてやさんまでかつがされたことになりました。
 ところが、うしろのほうは、上(じょう)きげん大浮(おおう)かれで、木をかつぐことなんか子どもの遊びごとででもあるように、「したてやさんが三人そーろって、お馬で町からでーました」という小唄を口ぶえで吹いていました。
 大入道は重荷をひきずってだいぶあるきましたが、もう足がすすまなくなって、
「いいかあ! 木をおっことすぞう」と、どなりました。
 したてやさんは、身軽にとびおりると、今までずうっとかついでいたような顔をして、両腕で木をかかえました。そして、大入道にむかって、
「でかいずうたいをしとるくせに、貴公は、木もかつげないんだなあ」と言いました。
 ふたりは、つれだってあるきだしました。桜の木のそばをとおりかかると、大入道は、熟(じゅく)しきってるさくらんぼうのなってる木のてっぺんをつかんで、ぐうっと下へへしまげ、そのてっぺんをしたてやさんの手にもたせて、この実を食べろと言いました。けれども、ちびっこのおやかたにはその木をおさえているだけの力はとてもないので、大入道が手をはなしたとたんに、木は威勢よくはねあがって、それといっしょに、おやかたは空中へはねとばされました。それでも、怪我もしずに下へおちてきたのをみて、大入道が、
「なんてえざまだ! きさま、こんなか細(ぼそ)い枝をつかんでる力もねえのか」と言いました。
「力がないなんてことがあるかよ」と、ちびっこのしたてやさんがこたえました、「ひとうちで七ひきやっつけたやろうに、こんなことが手にあまるとでも思うのか。おれが木をとびこしたのは、下でかりゅうどたちが藪(やぶ)のなかへ鉄砲うってるからさ。貴公、できるなら、おれみたいに跳(と)んでみな」
 大入道は、ためしてみましたけれども、木をとびこえることができず、大枝のなかにひっかかってしまいましたので、またもや、ちびっこのしたてやさんのほうが勝ったことになりました。大入道は、
「きさま、そんながむしゃらな野郎なら、おれさまといっしょにおらたちの岩屋へ来て、とまってみな」と言いました。ちびっこのおやかたは、得(え)たりや応(おう)と、ついて行きました。
 岩屋へきてみると、ほかにも大入道がいくたりか火のそばにいて、めいめい、羊のまるやきを手づかみにして、むしゃむしゃ食べていました。ちびっこのしたてやさんはあたりを見まわして、「こりゃあ、なんといっても、おれの仕事場よりずうっと広いぞ」と、かんがえました。
 大入道は、したてやさんに寝台(ねだい)を一つあてがって、これへもぐりこんで、じゅうぶんねるがいいと言いました。けれども、その寝台はちびっこのしたてやさんには大きすぎたので、それへ横になるのではなく、かたすみへちょこちょこともぐりこんだものです。ま夜中になると、大入道は、したてやさんがすっかりねこんでいるものと思いこんで、のこのこ、起きだしてきて、大きな鉄の棒をおっとるが早いか、ぽかりっと一つ、寝床をなぐりつけて、これで、ばったの息の根をとめてしまったつもりでいました。
 夜のしらしらあけに、大入道たちは森へ行きました。それで、したてやさんのことなんか、すっかり忘れていたところへ、いきなり、ちびっこの親方が、怯(お)めず臆(おく)せず、鼻唄をうなりながらのこのこやってきました。大入道たちは胆(きも)をつぶしたのなんの、おやかたがじぶんたちをみなごろしにするのではないかと、おじけがついて、雲(くも)を霞(かすみ)と逃げてしまいました。
 ちびっこのしたてやさんは、どこまでもどこまでも、じぶんのとんがった鼻の向いたほうへ、すたすたあるいて行きました。それで、ながいことほっつきあるいてから、とどのつまりはいりこんだのは、どこかの王さまの御殿のお庭で、疲れがでたものですから、そのまま草のなかへころがって、ぐうぐうねてしまいました。
 ころがってるあいだに、ごけらいたちがやってきて、四方八方からしたてやさんをことこまかにながめ、帯に、『ひとうちで七ひき』と書いてあるのを読みました。
「これはおどろいた! この天下泰平の時に、このえらい戦人(いくさにん)はどうするつもりかな。なにしろよっぽど強いとのさまにちがいないて」
 ごけらいたちは、こんなことを話しあいながら王さまのところへ行って、事の始末をもうしあげ、まかりまちがって戦争でもはじまったときには、これは、お役にたつだいじなつわものとぞんじます、この豪傑はどんなことをいたしてもお手ばなしにならないほうがおよろしゅうござりましょうと、自分たちの意見(かんがえ)をのべました。
 この申したては王さまの御意(ぎょい)にかなって、王さまは、その者が目をさましたならば、戦人(いくさにん)として御奉公するようにつたえるがよいといいつけて、お役人を一人、ちびっこのしたてやさんのところへおつかわしになりました。
 お使者(つかい)が、ぐうぐうねている男のそばに立ちおうじょうしているうちに、やがて、男は伸肢(のび)をして、目をあけたので、王さまの仰(おお)せをつたえました。
「まったくそのつもりで、わしも、ここへやってきたのさ」と、したてやさんが返事をしました、「よろしい、いつなんどきでも、王さまに御奉公しましょう」
 こんなわけで、ちびっこのしたてやさんは、うやうやしく迎えられて、住宅(すまい)まで一軒たまわりました。
 ところが、いくさ人(にん)たちはこのちびっこのしたてやさんを邪魔ものあつかいにして、あんなやつは何千マイルのはてへ失せるがいいと、神さまにおねがいしたものです。
「いったい、どうなるのだ」と、みんなが相談しました、「わしらがきゃつと喧嘩をするとしてだな、きゃつが打ってかかると、一(ひと)うちで七人ずつやっつけられる。これでは、わしらふぜいには、とうてい太刀うちはできんて」
 こんなわけで、みんなはなにか決心したうえ、うちそろって王さまのところへ行って、永(なが)のおいとまを願いでました。
「わたくしどもは」と、口をそろえて言うのです、「ひとうちで七人をたおすような御仁(ごじん)と肩をならべておられるものではございません」
 王さまは、たった一人のために忠義なごけらいたちを残らず失うようになることを悲しみました。王さまは、こんな男なら、いっそ自分の目が、きゃつを見なければよかったのにと悔(くや)み、なんとかしてこの男と手がきれたらうれしかろうと思いました。そうかといって、この男に思いきって永のいとまをだす勇気はありません。そんなことをしようもんなら、この男がごけらいぐるみに王さままでぶち殺して、じぶんが王さまの玉座(ぎょくざ)へすわるかもしれないと、気が気でなかったからです。

(面倒なので中略)

 こんなわけで、ちびっこのしたてやさんは、あいかわらず王さまであり、また、一生涯(いっしょうがい)王さまでとおしました。



・取敢えずハッピー・エンドのようで、まことにお目出度い限りである。

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