「パドヴァの少年愛国者」『クオレ』より ― 2022年06月08日
「パドヴァの少年愛国者(今月のお話)」 『クオレ』より デ・アミーチス 矢崎源九郎訳
一せきのフランスの汽船が、スペインの町のバルセロナからジェノヴァに向って出帆しました。船にはフランス人、イタリア人、スペイン人、スイス人などが乗っていました。
その中に、みすぼらしい身なりをした、十一になるひとりの少年がいました。ひとりぼっちで、まるで野獣か何かのように、いつもみんなから離れて、おそろしい眼つきでみんなをじろじろ眺めまわしていました。この子がおそろしい眼つきで人びとを見るのには、もっともなわけがあったのです。じつは、パドヴァの近くでお百姓をしていたお父さんとお母さんが、二年前に、この子を軽業師(かるわざし)の一座の親方に売ってしまったのでした。親方は、のべつまくなしに、ぶんなぐったり、蹴とばしたり、ろくに御飯も食べさせないで、この子に軽業の芸を教えこみました。それから、フランスやらスペインやらを連れてまわりましたが、この子はあいもかわらず年じゅうぶたれてばかりいて、御飯もお腹いっぱい食べさせてもらったことがなかったのです。
バルセロナに着いたときには、この子は、もう見るもあわれな状態で、これ以上ぶたれるのとひもじいのとに我慢ができなくなり、とうとう、眼を光らしている親方のもとから逃げ出して、イタリアの領事に保護してくれるようにと願い出ました。領事はかわいそうに思って、少年をこの汽船に乗せました。そして、ジェノヴァの警察署長あてに手紙を書いて、この子に持たせておきました。その手紙には、警察の手で、この少年を両親のところへ――この子を獣のように売りとばした両親のところへ帰してやってくれるようにと書いてあったのです。
かわいそうに、この子はぼろぼろの着物をきて、病みはてていました。この子は、二等のところに船室を一つもらいました。みんなはこの子をじろじろ眺めまわして、中にはたずねかける者もありました。けれどこの子は、何にも答えず、だれもかれもを憎んで、軽蔑しているように見えました。いままでに味わった苦しみとせっかんとが、それほどまでにこの子の心をとげとげしく、いじけさせてしまったのです。
それでも三人の旅行者が、しつこくたずねかけて、とうとう、うまくこの子に口をきかせました。そこでこの子は、ヴェネツィアの方言と、スペイン語と、フランス語のまざり合ったぞんざいな言葉で、手みじかに、自分の身の上を話しました。この三人の旅行者はイタリア人ではありませんでしたが、この子の言うことはわかりました。それで、いくらかはかわいそうにもなり、またいくらかは酒の上の勢いも手伝って、この子に幾枚かのソルド銀貨をやって、からかったり、もっとほかのことを話させようと、さかんにけしかけたりしました。
ちょうどそのとき、幾人かの奥さんがその食堂にはいってきました。するとその三人の男は、これみよとばかりに、こんどは、もっとたくさんのお金をこの子にやって、
「これを取っておきなさい! これも取っておきなさい!」と大声で言いながら、テーブルの上にお金の音をチャラチャラさせました。その子はぶあいそうな態度で、低い声でお礼を言いながら、それを残らずポケットに入れました。でも、その眼つきには、はじめてにこにこした、愛らしさが浮んできました。
やがて、その子は自分の船室のところによじのぼって、カーテンを引き、静かにして自分のことをいろいろと考えていました。いままで二年の間というもの、パンもろくに食べたことはないけれども、このお金があれば、船の中で何かおいしいものが食べられるだろう。二年の間ぼろ着物を着つづけてきたけれど、ジェノヴァに上陸したらすぐに上着を買うこともできるだろう。それから、このお金を持って帰れば、お父さんやお母さんから、一文なしで帰るよりも、いくらかは人間らしく迎えてもらうこともできるだろう。このお金は、この子にとっては、ちょっとした財産だったのです。
この子は自分の船室のカーテンのうしろで、気もはればれと、こんなことを考えていました。いっぽう、あの三人の旅行者は、二等の部屋のまん中にある食卓についたまま、しゃべっていました。三人はぶどう酒を飲みながら、自分たちの旅行のことや、見てきた国々のことを話し合っていました。話がそれからそれへと移って行って、イタリアのことになりました。ひとりが宿屋の不平を言いはじめると、ひとりは鉄道の悪口を言いだしました。やがてみんなは、だんだん熱してきて、口をそろえて何もかも悪く言いはじめました。ひとりが、これじゃラップランドへ旅行する方がましだと言えば、もうひとりは、イタリアで見かけたものは詐欺師と追剥(おいはぎ)ばかりだと言いました。三人目の男などは、イタリアの役人は字さえも読めないと言いました。
「ものを知らない国民だ」と、最初の男がくりかえしました。
「きたないし」と、二番目の男がつけ加えました。
「どろ……」と、三人目の男が叫びました。どろぼうと言いたかったのでしょう。けれども、その言葉をまだ言いきることもできないうちに、銅貨や銀貨の嵐が、三人の男の頭や肩におそいかかって、テーブルや床の上におそろしい音を立てて、はねかえりました。三人ともかっとなって立ち上がり、上を見あげました。とたんに、またもや一つかみの銅貨が顔の上にばらばらと降ってきました。
「きさまたちの金を持ってけ」と、少年は顔を船室のカーテンの外につき出して、軽蔑するように言いました。「おれの国の悪口を言うやつなんかから、金を恵んでもらうもんか」
スウィフトからの連想。
第百七段 ― 2022年06月08日
「シェイクスピア」→「ロミオとジュリエット」→「ウェストサイド物語」という連想。

「ペンタトニック・スケイル」と聞けば思い浮かぶ曲の第2位。
……え、「アメリカ」違い? こりゃ欠礼。
ちなみに、第1位は『函館の女(ひと)』北島三郎。
・追記。
「6/8拍子」と「3/4拍子」が交互に出てくるパターンを初めて知ったのは、「アメリカ」(バーンスタイン作曲)だった。
ちなみに、このバーンスタイン(Bernstein)のファースト・ネームは「Elmer」では無く「Leonard」である、念の為。