ロビン・フッド 42022年05月19日

四、いとこのウィル仲間になる

 リツル・ジョンが仲間になってから、まもないある日のこと、ロビンは彼とともに、肥ったしかを探しに出かけた。かしの樹の穴の食物庫が、からになったので、それを満たすためであった。
 お昼ごろ、二人は森の広い草原のはずれに、りっぱなしかの群がいるのを見た。なかで肥ったしかが一頭すこし離れて草を食べていた。
「あのしかを射るには、ここが一番いい。風がしかの群のほうから吹いて来ているからな、だからおれのにおいをかぎつけるように、おれはわざと風上へまわってゆく。すると、しかの群はこっちへ走ってくる。そしたら、お前はぞうさなく射とめることができる。」
 ロビンはそう言ったが、その時、リツル・ジョンが、だまって指さした。ロビンはそのほうを見た。それは赤い服を着た若者で、長い弓を持ち、腰に広刃(ひろば)の剣をさげていた。彼は森の小径(こみち)から草原へふみ出すが早いか、しかの群に目をつけた。すると、例の肥ったしかは、その赤い服の人間を見つけて、頭(あたま)をもたげ、角をゆすぶって、地面をけりはじめた。
「あの火花みたいなやつは、何者だろう?」
と、ロビンが言った。
「知らない。あいつは森の人間じゃない。」
と、リツル・ジョンが低い声で答えた。
「おれもそう思う。あの赤い服は、木のあいだで燃えている火のようだ。森のなかを歩きたいなら、緑色の服を着たほうがいいわけだ。あれは、きっと森へ散歩に来た、町のしゃれ者に違いない。」
 だが、その時、二人はその若者の早業(はやわざ)を見て、感嘆の声をもらした。と言うのは、赤い服の若者は、弓に弦(つる)をかけ、矢をつがえた。それを見て、全部のしかがあわてて逃げかけた。そして、五六頭のしかが、まるで頭(かしら)を守るように、その大じかをとり巻いたので、大じかを射とめることは、とてもできそうもなかった。けれど、森のはずれで、その大じかはちょっとの間(ま)、とび出して先頭に立った。すると、その短い時間で十分であった。弦がぶんと鳴って矢がとんだ。と思ううちに、大じかは前へつんのめり、もうそれっきり動かなかった。矢は矢羽根のところまで、しかの横腹にぐさと突きささっていた。
「すばらしい腕前だ! あれは町から来たのじゃないぞ。え、リツル・ジョン。お前はそこにいろ、おれは行って話してくる。」
 そこで、ロビンは若者のほうへ行った。若者は、今殺したばかりのしかのそばに立っていた。
「うまく射たなあ! あの矢はちょうどいい時に射たなあ!」
 ロビンが、近づきながら声をかけたが、赤い服の若者は、冷やかな目つきでロビンを見ただけで、何も言わなかった。
「おれは勇ましい弓師(ゆみし)が好きだ。どうだ、君はおれの部下(てした)になる気はないかね?」
 若者は、やや軽べつしたような調子で言った。
「君は誰だ? なんだって、おれが、君の部下にならなきゃならんのかね? 君は、ある種類の林務官(りんむかん)なのか。」
「そうだ。」
「そして、王様のしかを守るのだろう?」
「そうだ、シャアウッドの王様のために!」
 そう言ったロビンの言葉には、からかい気味の調子があった。
「イギリスの王様だろうが、シャアウッドの王様だろうが、おれにとっては一つことだ。さっさとどくがいい。おれの邪魔(じゃま)をするな。」
「それじゃ、さっさとどかなけりゃ、どうなるんだ?」
「おれから、なぐられるばかりさ。」
 そう言ったものの、ロビンは考えた。
「この男は落ち着いた奴(やつ)だ。よし見かけどおり勇気があるかないか、試してやろう。」
 そこで、若者が、まるでそばに人がいないように落ち着きはらって、今殺したしかの角を調べているあいだに、ロビンはそっと弓に矢をつがえ、
「おい!」
と、大声をあげて足をふみならした。
 若者はふり返った。けれど、すこしも顔色を変えず、かえって怒ったように言った。
「さっさと行け、林務官。ふざけたまねはよすがいい。」
「なに、ふざけたまね? おれは謀反人(むほんにん)だ。お前みたいなしゃれ者は、みんなおれの敵だ。おれの足もとに財布を投げ出せ。早くしろ、おれの矢の飛ばないうちに!」
「あ、そうか、お前はあの仲間か。灰色の矢羽根はなかなか強いことを言う。」
 若者は、腰帯から財布をはずすらしいようすをしたが、すばしこい手つきで矢をぬいて、弓につがえると、ぐっと弦を引きしぼった。
 二人は、矢をつがえてむかい合った。ロビンは、ほんとに矢を放とうとは思わなかったが、自分のしたことが、自分にふりかかって来るのを知ったので、
「その手をひかえろ! 殺しあっても得はないぞ!」と、叫んだ。
「もちろん得はないが、お前が先にやったのじゃないか、おれの知ったことじゃない。」
 若者は相変らず落ち着いていた。
「じゃ、おれはやめる。」
 ロビンは、そう言って、矢を弦からはずした。若者も矢をはずしてロビンの言葉を待った。
「どっちが強いかわからずに、別れてしまうのは残念だ。たてと剣で戦おう。」
 二人は、大かしが枝を張っている下の、平らな芝地へ来て、左手にたてを持ち、右手に広刃の剣を持った。そして、戦いをはじめた。
 切ったり、突いたり、誘いをかけたり、受け流したり、たがいに技をつくしたが、三十分の戦いでは、どちらも切りこまれなかったし、どちらもわずか一寸も後(あと)へひかなかった。
 けれど、とうとう戦いは、ほんの偶然の都合のいい若者の打ちこみで、おわりを告げることになった。すなわち、若者がロビンの頭に切りこんだ時、ロビンはたてで受けそこね、剣の切先(きっさき)で頭を傷つけられたために、血が流れて目にはいり、もう目をあけて戦うことができなかった。
 頭(かしら)が戦えなくなったのを見て、リツル・ジョンは、隠れ場からおどり出てかけつけて来た。
「頭! あんたの剣をかせ。おれだって剣とたてとは使えるんだ!」
 ロビンは、ジョンの言葉をこばんだ。
「いけない。リツル・ジョン! もう十分に戦った。それだのに新手(あらて)がまた立ちむかうなんて恥だ。あの若者は、りっぱな正しい闘士(とうし)だ。おれの不利な立場につけこんで、打ちこむようなことはしなかった。」
「だけど、このおしゃれ花火が、ロビン・フッドの血を流して、自分はすこしも傷つかずに帰ったと、仲間にじまんするのがしゃくだ。」と、ジョンはつぶやいた。
 すると、若者は、はじめて心をひかれたようなようすをして叫んだ。
「ロビン・フッドだったか! おれは戦いながら、お前とは知らなかった!」
 それを聞いて、ロビンが尋ねた。
「どうしてお前は、おれを知っていたんだ? お前は誰だ?」
「おれが誰だって?」
 赤服の若者は、笑いながら言葉を続けた。。
「数年前に、あんたはおれを知っていたはずだ。ウィル・ゲエムウェルを忘れたかい。」
「たった一人のいとこを忘れたって? いや、忘れやしない。いっしょに鳥の巣を取りに行ったり、弓をひくことを教えてやったりしたいとこがお前だったのか? そう言えば、お前の笑い顔と声とに気がついた。二人が戦ったことは、考えるとおかしいなあ!」
 二人のいとこ同志は、心からの握手をした。すると、リツル・ジョンも、ウィル・ゲエムウェルの手を握った。
「ところで、お前は森で何をしていたんだね?」
 ロビンがそう尋ねた。
「あんたを探していたんだよ。おれも謀反人の一人だと言うことを知ってほしい。好んでやったのではなかったが、ある男をばっさりやったので、森へ逃げて来たんだ。そら、まかないかたのグリムじじいを知っているだろう?」
「うん、知っている。あの卑しいじじいだな。あいつを殺したのなら、れっきとした理由があったに違いない。」
「まあ、聞いてくれ。知ってのとおり、おれたちの土地を、隣りにいるノルマン人の、デ・レイシイ男爵がほしがって、おれのおやじが年をとって、おれ一人しか子供がないのにつけこんだのだ。つまり、おれを殺して、後嗣(あとつぎ)のない土地にして、自分の物にしようとたくらんだのだ。」
「悪党だ! そういうずるいことを、以前にもやって成功したことがあった。ところで、お前はどういうふうに、あいつをあしらったのだ?」
「ある日、おれは弓を持って狩りに出た。グリムじじいもいっしょだった。ところが、くぼ地でしかの通るのを待っていた時、どうしたわけか、おれはあとをふり返った。見るとグリムじじいは、弓に矢をつがえておれをねらっているじゃないか。おれは生命(いのち)が惜しいから矢を射たさ。むこうでも射て来た。きゃつの矢は、おれのチョッキに刺さっただけだが、おれの矢はきゃつのからだにぶっつり刺さり、五分間もたたぬうちに死んでしまった。ところが、断末魔(だんまつま)にきゃつは白状したよ。おれを殺せば、ばく大なお銭(あし)をもらい、男爵の家でいい仕事にありつくはずだったのだそうだ。」
 それを聞いて、ロビンは叫んだ。
「ノルマン人の卑怯(ひきょう)な裏切者め! きゃつらはあらゆる手段で、サキソン人から略奪(りゃくだつ)しようとしているのだ。おまけに、その方法が卑劣なほど性(しょう)にあっているのだ。それで、お前はどうなったね?」
「どうって、悪いことの後(あと)には悪いことが続くが、グリムじじいの死んだことが男爵の耳にはいると、さっそく警官におれを追いかけさせたのさ。グリムじじいを殺した罪で、おれの首に縄がかかれば、きゃつの思いどおりだからな。」
「そうだ。そりゃたしかだ。それで、お前は森へ逃げこんだのだな。森も、おれたちも大歓迎だ。このリツル・ジョンは、仲間のなかでの大男で、頭(かしら)の次の地位についている。」
 ウィル・ゲエムウェルと、リツル・ジョンとは、ふたたび握手をした。すると、ロビンはまた言葉を続けた。
「だが、ウィル、お前は今までの名前を捨てなくてはならない。法律で追いかけられてる名前だからな。そこで、これからは赤服を着てるから、『赤色のウィル』と、呼ぶことにしよう。」
 すると、リツル・ジョンが叫んだ。
「そいつはいい! 新しい名前で新しい男となり、森で自由に暮すのだ。」
 こうして赤色のウィルは、ロビン・フッドの仲間となり、森の法律と森の暮しかたを守るという誓いをたてた。
「さあ、それじゃおれは、はじめての仕事として、おれの殺したこの大じかを贈るよ。仲間との近づきの宴会に使ってもらいたい。」
 赤色のウィルは、そう言って笑った。
 ロビンもそれを聞いて笑いながら、
「ウィル、おれたちは、ちょうど食物を探しに来てたんだ。この大じかを運んで行って、お前の言うとおりにしよう。たっぷりな肉で、盛んな宴会を開こう。」
と、言った。

第九十九段2022年05月19日

「幻談」より  幸田露伴

 斯(か)う暑くなつては皆さん方が或いは高い山に行かれたり、或いは涼しい海辺に行かれたりしまして、さうしてこの悩ましい日を充実した生活の一部分として送らうとなさるのも御尤(ごもつと)もです。が、もう老い朽ちてしまへば山へも行かれず、海へも出られないでゐますが、その代り小庭の朝露、縁側の夕風ぐらゐに満足して、無難に平和な日を過して行けるといふもので、まあ年寄はそこいらで落着いて行かなければならないのが自然なのです。山へ登るのも極(ご)くいゝことであります。深山に入り、高山、嶮山(けんざん)なんぞへ登るといふことになると、一種の神秘的な興味も多いことです。その代りまた危険も生じます訳で、怖しい話が伝へられてをります。海もまた同じことです。今お話し致さうといふのは海の話ですが、先に山の話を一度申して置きます。

 それは西暦千八百六十五年の七月の十三日の午前五時半にツェルマットといふ処から出発して、名高いアルプスのマッターホルンを世界始まつて以来最初に征服致しませうと心ざし、その翌十四日の夜明前から骨を折つて、さうして午後一時四十分に頂上へ着きましたのが、あの名高いアルプス登攀記(とうはんき)の著者のウィンパー一行でありました。その一行八人がアルプスのマッターホルンを初めて征服したので、それから段々とアルプスも開けたやうな訳です。
 それは皆様がマッターホルンの征服の紀行によつて御承知の通りでありますから、今私が申さなくても夙(つと)に御合点(ごがてん)のことですが、さてその時に、その前から他の一行即ち伊太利(イタリー)のカレルといふ人の一群がやはりそこを征服しようとして、両者は自然と競争の形になつてゐたのであります。併(しか)しカレルの方は不幸にして道の取り方が違つてゐた為に、ウィンパーの一行には負けてしまつたのであります。ウィンパーの一行は登る時には、クロス、それから次に年を取つた方のペーテル、それからその悴(せがれ)が二人、それからフランシス・ダグラス卿といふこれは身分のある人です。それからハドウ、それからハドス、それからウィンパーといふのが一番終(しま)ひで、つまり八人がその順序で登りました。
 十四日の一時四十分に到頭さしもの恐しいマッターホルンの頂上、天にもとゞくやうな頂上へ登り得て大(おほい)に喜んで、それから下山にかゝりました。下山にかゝる時には、一番先へクロス、その次がハドウ、その次がハドス、それからフランシス・ダグラス卿、それから年を取つたところのペーテル、一番終ひがウィンパー、それで段々降りて来たのでありますが、それだけの前古未曾有(ぜんこみぞう)の大成功を収め得た八人は、上りにくらべては猶(なほ)一倍おそろしい氷雪の危険の路を用心深く辿りましたのです。ところが、第二番目のハドウ、それは少し山の経験が足りなかつたせゐもありませうし、また疲労したせゐもありましたらうし、イヤ、むしろ運命のせゐと申したいことで、誤つて滑つて、一番先にゐたクロスへぶつかりました。さうすると、雪や氷の蔽(おほ)つてゐる足がゝりもないやうな険峻(けんしゆん)の処で、さういふことが起つたので、忽ちクロスは身をさらはれ、二人は一つになつて落ちて行きました訳。あらかじめロープをもつて銘々の身をつないで、一人が落ちても他が踏止(ふみとゞ)まり、そして個々の危険を救ふやうにしてあつたのでありますけれども、何せ絶壁の処で落ちかゝつたのですから堪(たま)りません、二人に負けて第三番目も落ちて行く。それからフランシス・ダグラス卿は四番目にゐたのですが、三人の下へ落ちて行く勢で、この人も下へ連れて行かれました。ダグラス卿とあとの四人との間でロープはピンと張られました。四人はウンと踏堪(ふみこら)へました。落ちる四人と堪へる四人との間で、ロープは力足らずしてプツリと切れて終(しま)ひました。丁度(ちやうど)午後三時のことでありましたが、前の四人は四千尺ばかりの氷雪の処を逆(さか)おとしに落下したのです。後(あと)の人は其処へ残つたけれども、見る見る自分たちの一行の半分は逆落しになつて深い深い谷底へ落ちて行くのを目にした其心持はどんなでしたらう。それで上に残つた者は狂人の如く興奮し、死人の如く絶望し、手足も動かせぬやうになつたけれども、さてあるべきではありませぬから、自分たちも今度は滑つて死ぬばかりか、不測の運命に臨んでゐる身と思ひながら段々下りてまゐりまして、さうして漸(やうや)く午後の六時頃に幾何(いくら)か危険の少いところまで下りて来ました。
 下りては来ましたが、つい先刻(さつき)まで一緒にゐた人々がもう訳も分らぬ山の魔の手にさらはれて終(しま)つたと思ふと、不思議な心理状態になつてゐたに相違ありません。で、我々はさういふ場合へ行つたことがなくて、たゞ話のみを聞いただけでは、それらの人の心の中(うち)がどんなものであつたらうかといふことは、先づ殆ど想像出来ぬのでありまするが、そのウィンパーの記したものによりますると、その時夕方六時頃です、ペーテル一族の者は山登りに馴れてゐる人ですが、その一人がふと見るといふと、リスカンといふ方に、ぼうつとしたアーチのやうなものが見えましたので、はてナと目を留めてをりますると、外の者もその見てゐる方を見ました。すると軈(やが)てそのアーチの処へ西洋諸国の人にとつては東洋の我々が思ふのとは違つた感情を持つところの十字架の形が、それも小さいのではない、大きな十字架の形が二つ、ありあり空中に見えました。それで皆もなにかこの世の感じでない感じを以てそれを見ました、と記してありまする。それが一人見たのではありませぬ、残つてゐた人にみな見えたと申すのです。十字架は我々の五輪の塔同様なものです。それは時に山の気象を以て何かの形が見えることもあるものでありますが、兎に角今のさきまで生きて居つた一行の者が亡くなつて、さうしてその後へ持つて来て四人が皆さういふ十字架を見た、それも一人二人に見えたのでなく、四人に見えたのでした。山にはよく自分の身体(からだ)の影が光線の投げられる状態によつて、向う側へ現はれることがありまする。四人の中にはさういふ幻影かと思つた者もあつたでせう、そこで自分たちが手を動かしたり身体(からだ)を動かして見たところが、それには何等の関係がなかつたと申します。
 これでこの話はお終ひに致します。古い経文の言葉に、心は巧みなる画師(ゑし)の如し、とございます。何となく思浮(おもひうか)めらるゝ言葉ではござりませぬか。
(後略)



手塚治虫『ジャングル大帝』からの連想。
「ブロッケンの怪」という言葉を知ったのは小学生の時。漫画雑誌の特集記事だったと思う。頻繁に特集されていたのは「怪獣」「妖怪」「メカ」「世界のふしぎ」など。
「大伴昌司」という名をしょっちゅう見かけた。小学校に「大友」という同級生がいたので「違う字の名もあるんだ」と知った。

・補足。
挿画(「さしえ」?)では、「小松崎茂」「石原豪人」などの名があったと思う。

・補足の追記。
「南村喬之」を忘れるところだった。