河畔の悲劇 3 ― 2022年04月30日
三、伯爵夫妻
予審判事(よしんはんじ)ドミニ氏は、齢(とし)の頃四十――よくも裁判官の型に嵌(はま)りきった人である。
年中(ねんじゅう)厳(いかめ)しい顔をして、苟(かり)にも裁判官たる者は、世俗と交われば堕落するといったような考えから、出来るだけ世間的な交際を避け、その齢になるまで結婚もせずに、頑強に独身生活をつづけて来たという変り者だ。
町長とプランタさんが早速出迎えると、ドミニ判事は、顔を見知っているくせに、初対面(しょたいめん)同様の厳(おごそ)かな挨拶をしてから、
「この人がドクトル・ゼンドロンです。」
と嘱託医(しょくたくい)を二人に紹介した。
プランタさんは、いきなりドクトルと堅い握手を交した。勿論懇意(こんい)な間柄だったのである。
このドクトルはもう六十恰好(かっこう)だが、真面目な研究家として、誰からも尊敬されている人で、殊(こと)に人はあまり知らないけれど、毒物については、巴里(パリ)の専門学者でも及びがたいほどの独創的な深い研究をつづけているのであった。町長は判事とドクトルを一(ひと)まず客間へ案内して、
「私の町にも、とうとうこんな不祥(ふしょう)な事件が出来(しゅったい)したので、これで町の名誉が廃(すた)ってしまいました。」
そういうと、判事は例の真面目な顔をして、
「俺(わし)はまだ事件の内容を聞いていません。迎えに来た憲兵も、詳しいことは知らなかったので。」
そこで町長は、自分がそれまでに検(しら)べたところを詳細に話して、合間(あいま)に苦心談や意見をちょいちょい挿(はさ)んだりして、ベルトオ父子(おやこ)を容疑者として捕縛した顛末(てんまつ)や、庭師ゲスパンなる者が、昨夜(ゆうべ)からずらかっている次第をも、併(あわ)せて報告した。
町長は今(いま)の先(さき)、役目の辛さを沁々(しみじみ)感じたけれど、一方(いっぽう)にこれだけの調べを仕終(しおお)せたのを思うと、聊(いささ)か得意な気持がしないでもなかった。
「次に、伯爵の屍体については、早速(さっそく)大捜索を命じましたので、やがて発見出来(でき)ましょう。私が特に選んだ五人と、此邸(ここ)の召使(めしつかい)が総出(そうで)で庭園を捜しています。それでも発見(みつか)らなければ、漁師を召集して、大々的に河底(かわぞこ)の捜索をやらせるつもりです。」
黙って肯(うなず)きながらその話を聞いていたドミニ判事は、徐(おもむ)ろに自分の考えを纏(まと)めているらしかった。
「貴方(あなた)のとられた手順は、申し分がありません。」と町長にいった。「実(じつ)にお気の毒な事件だが、しかし御説のとおり、犯人の目星はついたようですな。捕縛されたベルトオ父子(おやこ)と、行方をくらました庭師は、この事件に何等(なんら)か関係をもっているでしょう。」
先刻(さっき)から焦(じれ)ったそうにしていたプランタさんは、もう我慢が出来ないという風(ふう)で、
「庭師のゲスパンがこの事件に関係があるとすれば、二度と此邸(ここ)へ帰って来る気づかいはないから、何とかしなければなりますまい。」
「いや、直(じ)きに捕まりますよ。」とドミニ判事は落ちついたもので、「俺(わし)はここへ来がけに、巴里(パリ)の警視庁へ向けて、探偵を一人よこすように電報を打っておいたから、もうやって来る筈です。」
「その前に現場(げんじょう)を一通(ひととお)り御覧になったらどうでしょう。」
町長が勧めると、ドミニ判事は一度腰を浮かしかけたが、また坐り直(なお)って、
「それは探偵が来てからにしよう。それよりも参考のために、伯爵御夫婦のことを聞かして下さい。」
「そのことなら、私が誰よりもくわしく知っています。あの御夫婦がこの町へ来られて以来、親しく交際(つきあ)っておりましたので。」
と町長はまた得意になって、説明をはじめた。
「トレモレル伯爵は、齢(とし)はたしか三十四歳で、好男子で、えらい智慧者(ちえしゃ)です。ときどき憂鬱になって人に顔を見せないこともありましたが、平生(ふだん)は至って愛想がよく、親切で、ちっとも高ぶらない人でした。それゆえ、町の者も誰も彼も、あの人を敬愛していました。」
「成(な)るほど、それで、夫人の方(ほう)はどんな女(ひと)でしたか。」
「夫人は天使そのもののような女(ひと)でした。ほんとうにお気の毒な! 貴方も直(じ)きに屍体を御覧になりましょうが、顔はめちゃくちゃな傷で、見別(みわ)けがつかないけれど、元来(がんらい)素晴らしい美人で、この地方の女王(クイン)といわれた女(ひと)です。」
「財政は裕(ゆた)かな方(ほう)でしたか。」
「ええ、年収は十万法(フラン)、いやもっと多い筈です。最近に、ソオブルジイから遺(のこ)された土地の一部分を売った金(かね)で、公債を買いましたそうで。」
「伯爵御夫婦は、何時(いつ)結婚をされましたか?」
町長は記憶を呼びおこそうとして、頭をおさえながら、
「それは去年の――九月でした。私が仲人(なこうど)をしたのです。気の毒なソオブルジイが死んでから一年目のことです。」
ドミニ判事は、要点をしきりにノートに書き止めていたが、その時ちょっと手を止めて、
「そのソオブルジイというのは、何人(だれ)ですか。」
すると、それまでは無頓着な風をして話を聞いていたプランタさんが、すっくと起(た)ち上った。
「ソオブルジイ氏は、トレモレル夫人の先夫(せんぷ)です。」と彼はいった。「町長は、その点を省略されたようですがね。」
「この際、そんなことまで云う必要はありますまい。」と町長はむきになった。「しかし私は詳しいことは幾らでも知っています。この町の人事については、私以上に詳しい者はない筈なんだから。」
「そんなら、貴方(あなた)はお話が下手です。肝腎のところが抜けています。」
とプランタさんがやりかえした。
「では、プランタ氏から是非その話を聞かして下さい。」
ドミニ判事に促(うなが)されて、プランタさんは二つ返事で語りだした。
それによれば、トレモレル夫人は旧(もと)の名をベルタ・ルシェイユといって、或る村の貧乏な学校教師の娘だったが、天成(てんせい)の美人で、小町娘(こまちむすめ)の名をとどろかしただけに、附近の若者の多くは、彼女に思いをかけていた。けれど、彼女は家の事情で早くから女教師(おんなきょうし)となって、地味な生活をしなければならなかった。それほどの美人にとって、日蔭者(ひかげもの)同様な村の女教師とは、何という悲しい職業だったろう。
ところが、その時分、その地方で第一の富豪(ものもち)といわれたクレマン・ソオブルジイが、彼女を一目見ると、熱烈な恋に陥(お)ちた。ソオブルジイは三十になったばかりだが、繋累(けいるい)のない独り者で、年収は土地の収穫だけでも一万法(フラン)といふ身分だから、どんな嫁御寮(よめごりょう)でも選(えら)み放題だったのに、彼は何の躊躇(ためらい)もなくベルタに結婚を申込(もうしこ)んだ。ベルタも快く承諾したので、それから一ケ月後に、二人はめでたく婚礼の式をあげた。
附近の富豪達(ふごうたち)は、ソオブルジイのこの結婚を評して、「何て馬鹿な人だろう。長者(ちょうじゃ)の娘をもらって財産を倍にする算段をしなければ、金を持った甲斐がないではないか。」などといったものだ。
けれどソオブルジイは大満足で、結婚と同時に、このオルシバルの町に宏壮(こうそう)な新邸(しんてい)を建てて、新夫婦はそこへ引移(ひきうつ)った。
ところがベルタは、生れながらにして富豪(ふごう)の夫人たるに適(ふさ)わしい女(おんな)であった。彼女は見すぼらしい村の学校から、すぐにこの邸宅へ移って来たが、家事の切廻(きりまわ)しから客の接待に至るまで、まことに優雅で、自然で、まったくそうした身分に生れついた女(ひと)としか思えなかった。そんな風だから、彼女の評判は大したものであった。
ところが結婚してから二年目の或る日、ソオブルジイは、巴里(パリ)の大学で同窓だった一人の友人を邸へつれて来たが、その友人というのが、エクトル・ド・トレモレル伯爵であった。この伯爵は初めは直(すぐ)に暇(いとま)をつげる予定だったのに、何週間と過ぎ何ケ月と経(た)っても、巴里(パリ)へ帰りそうなふうが見えない。しかしそれは無理のないことで、巴里(パリ)で遊蕩三昧(ゆうとうざんまい)の荒(すさ)びはてた生活をおくって来た伯爵のような人にとって、この寂(しず)かな町の落着いた邸(やしき)こそは、魂(たまし)いと体を休養させるのに、最も適当な場所であったのだ。
伯爵は滅多に外出もしなかったが、ときどきコルベイユの町へ、徒歩でそっと出かけて行った。そして其町(そこ)の有名なベル・イマーヂという旅館で、或る若い女(おんな)と媾曳(あいびき)をしていた。その女は巴里(パリ)からやって来て、午後一杯を伯爵と語り合って、終列車で帰ってゆくのであった。
ソオブルジイ夫妻は、親身(しんみ)に伯爵の世話をした。その時分ソオブルジイは、数回巴里(パリ)へ出かけて行ったが、それは何でも、自分で金を立替(たてか)えて、伯爵の莫大な借財を整理するためであったらしい。
そうしているうちに、一年という月日は飛ぶように過ぎたが、或晩(あるばん)ソオブルジイが猟から帰って、気分がわるいといって床(とこ)に就(つ)いた様子がいかにも苦しそうなので、医者に診(み)せると、風邪から肺炎を併発したのであった。しかし彼は平生(へいぜい)頑健を誇っていただけに、一度は癒(なお)りかけたが、また衰弱しはじめて、夫人や伯爵の献身的看護もその効(かい)なく、いよいよ重態となって遂に回復の見込(みこみ)がないと知ったとき、彼は夫人と伯爵とを枕辺(まくらべ)によんで、これまでの手厚い看護を心から感謝し、夫人の手をとって伯爵と握手をさせながら、自分の亡き後は二人が結婚をして屹度(きっと)幸福に暮してくれと云い遺して、間もなく呼吸(いき)を引きとった。
後(あと)に残った夫人と伯爵の悲歎(かなしみ)は、他(よそ)の見る目も気の毒な程であった。夫人は狂人(きちがい)のようになって、自分の居間に引籠(ひきこも)ったっきり、親友の町長夫人が訪問してさえ顔を見せないくらいだった。伯爵も悲歎(ひたん)のあまり、急に二十も老(ふ)けて見えた。
しかし、そうした激しい悲しみも次第に和(やわ)らいで行って、一年の後(のち)には、故人の遺言どおりに、この未亡人と伯爵は結婚をした。そして彼女は改めてトレモレル伯爵夫人となったのである。
これでプランタさんの話が終ると、
「よくわかりました。」とドミニ判事がいった。「殊に伯爵がベル・イマーヂ旅館で、若い女(おんな)と媾曳(あいびき)をしたという事実は、大切な点です。女の嫉妬から往々(おうおう)こうした犯罪を惹起(ひきおこ)すことがありますからな。それはそうと、結婚後の伯爵夫妻の仲はどんな風でしたかな。」
町長は先刻(さっき)から、プランタさんにお株(かぶ)を奪(と)られて、何となく町長たる威厳を損(そん)じたような気持がしていた矢先なので、
「それはもう、申分(もうしぶん)のない御夫婦でした。」と彼は進んで説明をしはじめた。「エクトルとベルタ――私はあの御夫婦を親しくこう呼んでいました――は、珍らしく円満な模範夫婦だと、常々(つねづね)家内とも噂をしたことです。殊に伯爵は私の長女のロオランスと気心(きごころ)が合っていたので、私は専(もっぱ)ら娘を伯爵に娶合(めあわ)せるつもりで、彼女に相当の持参金を与える準備までしたのに、ソオブルジイの病気から急に事情が変ったために、その縁談もそれっきりになってしまいましたが、兎(と)に角(かく)私はあの人に対して、非常な親しみをもっていたのです。」
町長はなおも伯爵夫妻の讃辞をつづけようとしたが、そのとき玄関に当(あた)って俄(にわ)かに騒々しい物音が起ったので、話が妨(さまた)げられた。
「おお、伯爵の屍体が出たらしいです。」
と彼はいった。