人は何で生きるか 102022年08月27日

    一〇

 女が二人の子供をつれて出て行くと、ミハイルは床几から立ちあがって、仕事をテーブルにのせ、前掛けをはずし、主人夫婦におじぎをして、さてこういいました。
「さよなら、ご主人夫婦、神様が私をゆるしてくださいましたから、あなたがたもどうかゆるしてください」
 主人夫婦がそのほうを見ると、ミハイルから後光がさしているではありませんか。セミョーンはミハイルに礼をしていいました。
「ミハイル、見うけたところ、おまえはただの人間ではないようだから、おれはおまえをひきとめることはできないし、くどくどたずねるわけにもいかない。ただ一つだけ、聞かしてもらいたいことがある。おれがおまえを見つけだして、家へつれて来たときには、おまえは沈んだ顔つきをしていたが、女房が夜食の支度をしたとき、おまえはそれを見てにっこり笑って、顔が明るくなったが、あれはいったいどういうわけだね? そのつぎに旦那が長靴を注文したとき、おまえはもう一度にっこりして、それ以来もっと顔つきが明るくなったが、いま女が子供を二人つれて来たとき、おまえは三度めに、にっこり笑ったと思うと、今度はからだから後光がさして来た。ミハイル、どうしておまえのからだからそんな光が出るのか、なぜおまえは三度にっこり笑ったのか、そのわけを聞かしてくれ」
 すると、ミハイルはいいました。
「私のからだから光がさすのは、ほかでもありません、私は神様の罰を受けていたのが、いまゆるされたからです。また私が三度にっこり笑ったのは、神様の三つのことばを知らなければならなかったのですが、そのことばがわかったのです。一つのことばは、おかみさんが私をかわいそうに思ってくれたときにわかったので、私ははじめてにっこり笑いました。もう一つのことばは、金持ちが長靴を注文したときにわかったので、私は二度めに、にっこり笑いました。ところで、いま二人の女の子を見たとき、最後の三つめのことばがわかったものですから、私は三度めに、にっこりしたわけです」
 そこで、セミョーンはいいました。
「じゃ、聞かしてくれ、ミハイル、どうして神様はおまえに罰をおあてになったのだ、そしておまえの知らなくちゃならなかった三つのことばというのは、いったいどんなことなんだね」
 すると、ミハイルは答えました。
「私が罰を受けたのは、神様のおことばにそむいたからです。私は天使だったのですが、神様のおことばにそむきました。
「私は天使でした。あるとき神様が、一人の女から魂をぬき取るように、私を使いにお立てになったのです。私は下界へおりてみると、その女房はひどく弱ってねていました。ふたごの女の子を生んだのです。赤ん坊は母親のそばでもぞもぞ動いていますが、母親はだき寄せて乳をやることができないのです。女房は私の姿を見ると、神様が魂をおめしによこされたことを悟って、さめざめと泣きだしました。『ああ、天使さま! わたしの主人は、森の中で木に打たれて、つい二、三日まえにお葬式をしたばかりでございます。わたしには姉妹も、叔母も、ばあさんもありませんから、このみなし子を育てるものもございません。どうかわたしの魂をおめし上げにならないで、この子たちを自身で育てて、大きくさしてくださいまし! 子供は父母なしに生きてはいかれません!』といいました。私は母親のいうことを聞いて、一人の女の子に乳房をふくませ、もう一人を母親の手にわたして、天の神様のところへのぼっていきました。神様のおそばへ飛んで帰ると、『私は産婦の魂をぬき取ることができませんでした。父親は木に打たれて死ぬし、母親はふたごを生んで、どうか魂をおめしにならないでくださいましと、一心にいのるのでございます。どうか私に子供らを育てて、大きくさしてくださいまし、子供は父母なしに生きていくことはできません、と申します。それで私、産婦の魂をぬき取りませんでした』と申しあげました。すると、神様は、『また行って、産婦の魂をぬき取ってきなさい。すると三つのことばがわかるだろう。つまり、人間の中には何があるか、人間にゆるされていないのは何か、人は何で生きるか、ということだ。それがわかったら、天へ帰ることができるだろう』とおっしゃいました。で、私はまた地上へ舞いもどって、産婦の魂をぬき取りました。
「二人の赤ん坊は母親の胸から離れましたが、死骸ががっくり寝台の上でたおれたひょうしに、一人の女の子をおしつけて、片足を曲げてしまったのです。私はその村の上へ舞いあがって、女の魂を神様のところへ持っていこうとしたところ、不意にどっと風がおそってきて、両の翼がだらりとたれたと思うと、そのままちぎれてしまって、女の魂だけが神様のところへ行き、私は地上へ落ちて、道ばたにたおれたのです」

第百三十六段2022年08月27日

映画『駅馬車(Stagecoach)』(1939年)からの連想。

死ぬ迄に一度は行って見たい場所。

・ジョン・フォード監督作品でお馴染み、モニュメント・ヴァレー(Monument Valley)。



・南米ギアナ高地。


コナン・ドイルの小説『失われた世界(The Lost World)』(1912年)の舞台。作中の名は「メイプル・ホワイト・ランド(Maple White Land)」。
「滝壺のない滝」として有名なエンジェル・フォールもここにある。


『●来のシレン』の目的地ではない。念の為。