第百二十三段 ― 2022年07月17日
「アメリカ」「五音音階」と来れば先ず挙げねばならぬ曲を忘れていた。

これも中学校の音楽の教科書に載っていた。小アンサンブル用に編曲されていたと思う。原曲は、英国の水夫達に歌われていた海の労働歌(「sea chantey(sea shanty)」)で「Bury Me Not in the Deep Ocean」と言うタイトルだったそうだ。
偶々、中学生の時にリヴァイヴァル上映があったので映画館で観ることが出来た。ダイナミックな映像と、Yakima Canutt に依るスタント・アクションに感動したので、ポスターまで買ってしまった。淀川長治氏の「映画が走る! 映画が走り出した!」と言う名キャッチ・コピーも印刷されていた。
クライマックス・シーンのイメージ・イラスト。

中村不折画。『吾輩は猫である 七』より。
・追記。
『忍者部隊月光』も渡辺宙明氏とは知らなかった。キャリアの長さに恐れ入る。
……いろいろな人に恐れ入ってばかりだが。
金毛の羊皮 5 ― 2022年07月17日
(五) 係蹄(わな)
食事の間も、王は始終ヤソンを自分の側(そば)へ引きつけて、如何にも情愛のあるように話しかけた。王は自分が好んでこの国の王位に登ったのではないということ、ヤソンの父のアイソンが、世の中の事がうるさくなって、ヤソンの成長するまでの間、この国を支配して貰いたいというので、余儀なく引受けたのだということを、くどくどと弁解した。けれどもこの国には誠に不吉な事があって、今では一日も早く王位を譲りたいと思っているが、併(しか)しこの災いの根を枯らさないうちは、誰が王になっても、自分と同じような不幸の生涯を送らなければならない、ということを、如何にも苦しげに語りだした。
ヤソンは知らず知らず叔父の話に引込まれて、自分の来た用事も忘れて、うっかり話の相手になっていた。
「叔父さん、あなたが不幸とおっしゃるのは、どういうことなのです?」とヤソンは王の顔を見て尋ねた。
するとペリヤスは、何か恐ろしい物語でも始める人のように、幾度となく嘆息してこう言った。
「この七年というもの、わしは一晩でもおちおち眠ったことはない。金毛(きんもう)の羊皮(ようひ)がこの国へ帰るまでは、誰が王になっても、わしと同じ思いをしなくてはなるまい。」
こう言って、王はフリクソスと金毛の羊皮の話をして、フリクソスの霊が、毎夜自分の夢に現われて、安らかに眠らせない、ということを誠(まこと)しやかに物語った。
ヤソンはこれまでも金毛の羊皮の話は、度々聞いていたが、それを取りに行くなぞという事は、人間業(にんげんわざ)では出来ることでないと思っていたので、今叔父の話を聞いても、慰める言葉も見付からないで、少時(しばらく)の間黙って坐っていた。
ペリヤスはヤソンが黙っているのを見ると、今度は他のことを話し出して、いろいろと機嫌をとるようにしたが、そのうちにこんなことを言い出した。
「もう一つ、是非お前の意見を聞かして貰いたい事があるが、返事をして呉れるだろうか?」
「どんなことか知りませんが、まあ言って見て下さい。」とヤソンは何の気なしに答えた。「私に分る事なら、何でも御返事をしましょう。」
「実はわしの身辺に、何人よりも恐ろしい者が一人いるのだ。」とペリヤスは如何にも心配そうに言った。「今こそわしの方が強くって、その者を自由にする力があるけれども、永いうちには、どうしてもわしの方が敗けてしまうのだ。ヤソン、お前が若(も)しわしなら、そういう者をどうして遠ざけるか?」
「私があなただったら、」とヤソンは笑いながら答えた。「金毛の羊皮を取りにやります。」
この答を聞くと、ペリヤスの目の中には歓喜(よろこび)の光がひらめき、口元には毒々しい微笑が浮んだ。それを見て、ヤソンははっと思った。老人から注意された言葉――片方だけの沓――ドドナの神託――そんなことが一時(いちじ)に頭の中へ浮んで来た。ヤソンは始めて、王の係蹄(わな)にかかった事に気がついた。
「いい事を教えて呉れました。」とペリヤスは徐(しず)かに言った。「今話した人というのは、お前のことだ。お前が勇士の心を持っているなら、一旦口から出した言葉を反古(ほご)にするようなことはあるまいね?」
ヤソンは思わず拳を握ったけれども、その時カイロンに誓った二つの約束を思い出して、王に向って穏やかに答えた。
「如何にも私は勇士の本分を知っている。一旦口から出たことは、きっと守る。金毛の羊皮を取りに行こう。若し失敗すれば、二度とあなたに面倒はかけないが、万一宝物を手に入れて帰って来たら、直ぐに私の王国を返して下さるでしょうな。」
「よろしい、きっと約束した。」とペリヤスは冷やかな笑みを浮べながら答えた。「お前が帰るまで、この国の王位は、わしがしっかりと預かっている。」