第百十四段 ― 2022年06月23日
カピバラだったのか!
「よんきびう隊」の事である。本日(もう昨日か)は「めめじじ隊」。
てっきり犬だと思っていた。
他の3匹は「亀」「鹿」「ペンギン」
もう1匹は、誰だったかなぁ……。
河畔の悲劇 16 ― 2022年06月23日
一六、証拠の手紙
その翌(あ)くる日は、湿っぽく肌寒い日であった。霧が深く立ちこめて、十歩(じっぽ)の先も見えないくらいだった。
ソオブルジイは昼餉(ひるげ)を終えると、銃を肩にして、猟犬どもを犬舎から引き出し、
「ちょっと森を猟(あさ)って来るよ。」
「わるい日に出かけるんだね。」と伯爵がいった。「この霧では銃先(つつさき)も見えまい。」
「大丈夫だ、雉(きじ)さえ見えればね。」
だが、これは口実に過ぎなかった。その証拠に、彼は町を出はずれると、森と反対のコルベイユ街道をまっすぐに急いで、半時間の後(のち)には、ベル・イマーヂ旅館へ行ったのである。
ゼンニイは、そこの一等いい室(へや)で彼を待ちかねていた。旅館では彼女を常客(じょうきゃく)として、いつもその室を彼女のために空けておくのであった。
ゼンニイは蒼ざめた顔をして、眼は涙に泣き脹(は)れていた。食慾もないのか、昼餉(ひるげ)は手もつけずに卓上におかれたままであった。今、ソオブルジイが入って来ると、彼女は椅子を離れて、嬉しそうに握手をして、
「よくいらして下さいました。」
ソオブルジイは、彼女の窶(やつ)れた面(おも)ざしを一目見ると、気の毒になって、
「大層沈んでいるようだが、何か心配事でも出来ましたかね。」
とやさしく問いかけた。
「ええ、実は困っていますの。貴方、お聞きになりまして?」
「いや、伯爵に云っちゃ可(い)かんというから、内緒で此処へやって来たが、しかし大(たい)ていお察ししていますよ。」
「伯爵はもう会わないっていうんです。わたしは捨てられたのです。」
ゼンニイは呟くようにいった。ソオブルジイは彼女のそばへ椅子を引きよせて、
「しかし、よく考えて御覧。人はいつまでも若くていられるものではなし、晩(おそ)かれ早かれ分別(ふんべつ)というものが起って来る。伯爵だって、そろそろ将来のことも考えて、家庭をもたねばならん齢(とし)だからね。」
ゼンニイは涙を拭いた。と思うと、憎しみに燃えた眼付になって、
「貴方は伯爵のいうことを真に受けていらっしゃるのね。それは、あの人の性格を御存知ないからです。あの人は家庭だの家族だのと巧いことをいうけれど、その実(じつ)は何でも自分本位で、他(ひと)のことなんか、これっぱかしも考えるものですか。第一、あの人に心があるなら、便々(べんべん)と貴方のお邸にはいられないと思いますわ。わたしはあんな人に金を貰ったことが口惜しくて仕様(しよう)がありません。その金も、貴方に出して戴いたっていうじゃありませんか。」
「まアいいさ、彼は僕の親友なんだから。それに彼は決してお前さんを捨てたわけではあるまい。今にお前さんのために、きっと好い職を見つけてくれるでしょう。」
「厭なことです。憚りながら、この手足の利く間は、あの人なんかのお世話になりたくはありません。わたしは元の貧乏な生活にかえって、せっせと働きます。他人(ひと)のお世話になるよりは、その方がどんなに暢気(のんき)だか知れません。」
彼女はもう泣かない。憤(おこ)ってもいないようだ。却(かえ)って微笑していた。ソオブルジイは、この巴里女(パリおんな)の、感情が高ぶって神経がピリピリしていて、泣いたと思えば笑い、愛撫(あいぶ)と同時に攻撃するといったような気まぐれを、どう考えていいのかわからなかった。
「わたしはあの人を軽蔑しています。だから別れたって平気ですがね。」ゼンニイは静かにいった。「けれど、こんな風に踏みつけられては、我慢が出来ません。他に情婦(おんな)が出来たために捨てられたとなれば、わたしの腹の虫が納まりません。」
「それは、お前さんの思いちがいというものだ。今もいったように、伯爵は結婚をするのだよ。」
「嘘です。情婦(おんな)が出来たのです。証拠があります。」
ソオブルジイは呆(あき)れてにやにや笑っていると、彼女はそれが癪にさわったらしく、
「この手紙が証拠です。」と焦々(いらいら)しく叫んだ。「半年ほど前に、あの人の衣嚢(かくし)からわたしが取っておいたのです。名前はないけれど、情婦(おんな)から来たものにちがいありません。」
「それをどうすんだね?」
「荒だてると却ってあの人が逃げはしないかという心配から、今までは我慢したんですが、こう判然(はっきり)捨てられた上は、この手紙を役立(やくだ)てます。こうなると、これがわたしの武器ですからね。わたしは影のようにあの人に附纏(つきまと)って、飽くまでも邪魔をする決心です。それが怖かったら、わたしの許(ところ)へ帰って来るように、貴方から忠告してやって下さい。」
彼女の痙攣(ひきつ)った顔には、物すごい決心が現われていた。どんなことでも行(や)りかねない形相(ぎょうそう)だった。
「その手紙を僕にお見せ。」
「可(い)けません。これを貴方に見せたら大変です。」
そう聞けば、尚更(なおさら)見たくなる。どうしても見ずには措(お)かれないような気がする。
「一寸(ちょっと)貸してくれたまえ。」
「好奇(ものずき)な方ね。」女は冗談で紛らそうとしながら、「今日は勘弁して下さい。後でお目にかけますわ。」
ソオブルジイはますます急(せ)きこんで、
「今見なければならん。厭というなら腕力(わんりょく)だ。さア、出さないか――」
と、女の腕を攫(つか)んで、ぐいぐい絞めつけた。
彼女は、ついに抵抗の甲斐がないことを知った。
「離して下さい――あげますあげます。」
彼女は方々の衣嚢(かくし)をそそくさと探しはじめた。
「どうしたんでしょう――たった今衣嚢にあった筈ですがね――」
といいながら、隙を見て、小さな紙玉(かみだま)を口の中へ投(ほう)りこんだ。それを嚥下(のみくだ)そうとするらしかった。
「おっと、それは可(い)けない!」
いうより早く、ソオブルジイの手が咽喉を絞めつけて、紙玉を吐きださせた。そして彼は性急(せっかち)にその紙をひろげたが、同時に頭がぐらぐらっとして、眼の前が真っ暗になったのを感じた。それは紛れもなく、ベルタの筆蹟だったのである。文言(もんごん)はごく簡単で、
彼は明日(あす)メランへ出かけて、夜遅くでなければ帰りません。一日留守よ! ですから、貴方は明日のプチブール行きをお止(や)めなさい。行っても午前中に帰ってね。
「彼」とはソオブルジイを指(さ)しているのだ。さては伯爵のもう一人の情婦(じょうふ)というのは、現在自分の妻のベルタであったのか! 彼はがっかりして、今にも大地に吸いこまれて行くような気持がした。へたへたと椅子に凭(もた)れたが、顔は血の気が失せて、涙が止め度もなく頬を伝わった。
「御免なさい。わたしは、自分の考えたことが恐ろしくなって来ました。」
とゼンニイははらはらした。
「何をいうんだ。」
「そのお手紙は――ひょっとすると――」
ソオブルジイは気を取りなおして、起ちあがると、妙に調子外れの声で笑いだした。
「ハハア、僕の家内が怪しいというのか。冗談いっては可(い)けない!」
と、財布に入っていた七八百法(フラン)の金を、そっくり卓子(テーブル)へ空けて、
「これは伯爵から、お前さんにあげるのだ。決してお前さんに不自由はさせないから、お前さんも彼の結婚の邪魔をしないように頼むよ。」
それから機械的に銃を肩にかけて、外へ出たが、待ちかねていた猟犬(いぬ)どもが嬉しがって跳びついて来るのを、彼は煩(うる)さそうに蹴ちらした。そして、ふらふらと歩きだした。
独りで何処へ行くつもりだろう。