メデューサの首 6 ― 2022年06月22日
(六) 砂漠の旅
ペルセウスは三人の神女(ニムフ)に別れを告げ、神女(ニムフ)から送られたヘスペリデスの林檎を持って、東の方へ飛んで行った。この林檎は一口食えば、七日(なぬか)の間は空腹を感じない、という不思議の果実であった。それを嚙りながら海鴎(かもめ)のように翔(かけ)って行くうちに、黄色い砂の果てもなく続いたリビヤの砂漠を、幾日ともなく越えて行った。その間に、メデューサの首から滴(したた)った血の雫が砂に落ちて、今もこの砂漠で見る恐ろしい毒蛇(どくじゃ)となった。
やがて単調な砂漠を通り越して、遙かに藍(あい)を流したような地中海の水を眺めた時には、ペルセウスの心は忽(たちま)ち故郷の空へ飛んだ。彼は俄(にわ)かに方向を変じて北へ向ったが、恐ろしい暴風に遭って、元の砂漠へ吹き戻され、七日(なぬか)の間(あいだ)真黒(まっくろ)な砂暴風(すなあらし)の中に漂わされていた。この時彼は飢えと渇きの為に、殆ど死ぬばかりになったが、胸の中でアテーネの助けを祈ると共に、疲れ果てた身体(からだ)に、新しい力を感じた。
「こういう難に遭うのも、神の御心(みこころ)に相違ない!」こう思ってペルセウスは、東をさして又暫く単調な砂漠の旅を続けた。
そのうちに一つの山脈を越えて、噂に聞いたエジプトの国へ来た。丁度(ちょうど)夜が明けかかって、東の空には、薔薇色の指を持った曙の神エオスが、ほんのりと紅(くれない)の色を染め出した時であった。遙かに見下(みおろ)すと、ナイル河の流れは銀の帯のように輝いて、あちらこちらに鮮やかな緑色の花園が散らばっていた。又その間には、大小様々の金字塔や、方尖塔(ほうせんとう)や、獅身像(ししんぞう)なぞが見え、都会の城壁の中には、広大な寺院や、王宮の建物も見えた。ペルセウスは都へ入ってエジプト人の歓迎を受け、果実や、葡萄酒を供えて、神のように崇拝されたが、彼は闇の帽子を被って、人々の目を眩(くら)まし、やっとの事でエジプトを逃げ出した。その後エジプト人は、ペルセウスを神に祀(まつ)って、ケンミスという処へ大きな石の像を建てた。この像はその後数百年の間残っていて、エジプト人の間には、ペルセウスが、折々長い沓(くつ)をはいて、この国へ現われ、その現われた年には、きまってナイル河の水嵩(みずかさ)が増して、豊年だという言い伝えがあった。