第六十七段の蛇足・応用編 ― 2022年02月25日
単に相手を「分断」するのみならず、分断したもの同士を争わせれば、より効率が良い。上手く行けば勝手に共倒れしてくれる。そうならなくとも消耗した相手を叩くのは容易い。
・『通俗伊蘇普(イソップ)物語』より「獅子と野牛(のうし)の話」。渡辺温訳。
或(ある)野に三疋の野牛(のうし)あつて。互ひに中よく暮居(くらしゐ)けるが。近辺(きんぺん)の山に住む獅子是を餌食に為(なさ)んと思ひ。かく三疋一ッ処に居ては。何分手にあひ難(がた)しと。先づ牛の方へ種々(いろいろ)の流言を放ちたり。そこで牛党(がた)には互ひの間に疑心おこり。嫉妬の念盛んになりて。各自(めいめい)分れ分れになると。獅子はこゝぞと虚隙(すき)を得て。ひとつひとつに其牛を取り。遂にのこらず餌になしけるとぞ
味方の分裂(うちわれ)は敵方の為に好(よき)機会じや
・近松門左衛門『国性爺合戰』より。
(前略)中に一つの大蛤(はまぐり)、日蔭に口を打開き、取る人ありとも白泡の、汐を吹いて盛上げしは、げにや蛤能く氣を吐いて、樓臺を爲すといひしも、かくやと見とれ居(ゐ)る處に、磯の藻屑に飛渡り、求食(あさ)る羽音(はねおと)おもしろく、下(お)り居る鴫のきつと見付け、觜(くちばし)怒らし只一啄木(ひとつゝき)と狙ひ寄る。ヤアいはれぬ鴫殿(しぎどの)。看經(かんきん)もする身で是が眞(ほん)の殺生(せつしやう)かい。蛤も蛤、口をくわつと破戒無慙、飛付いてかちかちかち、啄(つゝ)く處を貝合せに、しつかと喰締め動(いご)かせず。鴫は俄に興覺顏。引きつしやくつつ羽たたきし、頭を振つて岩根に寄せ、打碎かんず鳥の智惠。蛤は砂地の得物(えもの)、汐の溜りへ引込まんと、尻下(しりさが)りに引入るる。羽ぶしを張つてばつと立ち、一丈ばかり上れども、吊(つ)られ落ちては又立上り、ばつと立つてはころりと落ち、鴫の羽掻(はねが)き百羽掻(もゝはが)き、毛を逆立ててぞ爭ひける。和藤内つくづく見て、備中鍬からりと捨て、「アツア面白し。雪折竹(ゆきをれだけ)に本來の面目を悟り、肱(ひぢ)を切つて、祖師西來意(そしせいらいい)の輪を開きしも、尤もかなことわりかな。我父が教によつて、唐土(もろこし)の兵書を學び、本町古來名將の、合戰勝負の道理を考へ、軍法に心を委ねしに、今鴫蛤の爭ひによつて、軍法の奥義一時に悟り開けたり。蛤は貝の堅きを頼んで鴫の來るを知らず、鴫は觜の鋭きに誇つて蛤の口を閉づるを知らず。貝は放さじ鴫は離れんと、前に氣を張つて後(うしろ)を顧る隙(ひま)なし。爰に臨んでわれ手も濡らさず、二つを一度に引掴むにいと易く、蛤貝の堅きもせんなく、鴫のはしの尖りも終に其德なかるべし。是ぞ兩雄を鬪はしめて、其虚を討つといふ軍法の祕密。唐土(もろこし)には秦の始皇、六國(りつこく)を呑んだる連衡の謀(はかりごと)。本朝の太平記を見るに、後醍醐の帝(てい)天下に王として、蛤の大口(おほぐち)開きし政取締(とりしめ)なく、相模入道といふ鴫鎌倉に羽叩(はたゝき)し、奢の觜鋭く、吉野千早に汐をふかせ申せしに、楠正成新田義貞、二つの貝に觜を閉攻められ、むしり取つたる其虚に乘つてうつせ貝、蛤共に掴みしは逸物の高氏(たかうじ)將軍、武略に長ぜし處なり。(後略)
「漁夫の利」という言葉があるが、元は「鷸蚌(いっぽう)の争い」という言葉で「鷸(シギ)」と「蚌(ハマグリ)」が争った様子だそうだ。引用した文では表記(用字)が異なるが同じ生物を指している。
国内政治での「漁夫」は明白だが、国際政治では……たとえば「世界の中心で自分だけ花と咲こう…」いやその、何でも無い。