デュ・ボアゴベイ『鉄仮面』冒頭。 ― 2025年11月24日
・黒岩涙香版。
仏国(ふらんす)の王路易(るい)第十四世と聞こえしは那翁(なぽれおん)にも並ぶ程威名赫々たる君主にして、外を虐げ内を窘(くる)しめ思うがままの振舞いいと多かりしかば、誰一人この王を恐れぬはなく中には痛く怨みを結びあるいは隣国の力をあわせこの王を擒(とりこ)にせんと図り、あるいは不平ある皇族に結びて王位より追い落とさんと計(たく)むなど目に見えぬ陰謀絶間なき程なりしも、ただ幸いに時の警視総監窶武(るーぼあ)と称する人、強情不屈の気質にて数多(あまた)の秘密探偵を使い片端より容赦もなく捕(おさ)えつけたれば多くは物にならずして終りたるが、この頃かかる不平の有志が事を挙ぐるの根城とせしは多く隣国伯拉番(ぶらばん)の都ブルセル府にしてここより巴里へ攻め入る事も易く巴里より逃げ来たるにもまた左程に難からず、万事の掛引きに都合好きためなりしなり。

・江戸川乱歩による上記のリメイク。文語体を口語体に改め、冒頭シーンも変えている。
「隊長どの、いよいよベロームの要塞が見えだしました。」
案内役のコフスキーは、体調に馬を近づけて指さしたものの、その顔さえ判別できぬやみの中に、その指さきの見えようはずはない。
「ど、ど、どこに?」
「向こうの山のふもとと思われるところに、まむしの目ほどに光っているあかりが見えましょう。ほら――。」
そういって、コフスキーは隊長の馬にわが愛馬の腹をすりあわせ、隊長の右手をとってその方向を教えた。
「うむ、わかった、わかった。ではここが峠のいちばん高いところで、これから魔が淵にかかるくだりとなるわけだな。」
「はい、そうです。その魔が淵の向こう岸にあるのが、あの要塞であります。さいわい、こんな晩は番兵もゆだんしておりましょうから、だいじょうぶ、ぶじ通りぬいけられると思います。」
「魔が淵さえぬけてしまえば、もうしめたものだ。コフスキー、塗炭(とたん)に苦しむフランス国民をすくう日も遠くはないぞ。いよいよわれわれの長い苦心がむくいられる日もきたのだ。……そうときまったら、このへんで一服して、鋭気をやしなってから一気に渡ることとしよう。」
隊長が馬から降りると、それにつづく十四騎のものものしい勇士たちも、ばたばたと降り立った。
時は西暦一六七二年三月(徳川四代将軍家綱公の時代)も末(すえ)つ方、春とはいえ、この国境近くの山嶽(さんがく)地帯は、たき火でもしたいほどの寒さであった。
そもそもこのやみ夜に、ひるさえ人の通らぬ魔が淵を乗りきろうとする一隊は何者であろうか。
これぞ、フランス国王のもとにあって、悪政のかぎりをつくした大宰相ルーボアをたおし、フランス全国民に自由と幸福をあたえようと、奮起した決死隊の一団であった。

現在では、原書からの全訳版がある。「本邦初の全訳」である。

・追記。
繰返しになるが、「画像サイズ」の調整方法が判らない。ほぼ自棄糞である。
・余談(12月2日)。
画像サイズの調整方法が少し判ったかも知れない。